“医者の家庭の不養生”ではないけれど、夫が入院をした。
何のことはない。小指の先のデキモノだったのだが、手術後の安静のために2週間もの入院生活を余儀なくされた。
夫にとっては初めての病院暮らし。慣れないながら、いろいろな経験をしてきたようだ。
そのひとつが看護婦さんとの交流。点滴を変えてくれたり様子を見にくるのは当然としても、包帯でぐるぐる巻きの不自由な手でシャワーも浴びられない彼を見かねて、わざわざ洗面
器にお湯を張り、ベッドサイドまで来て手を洗ってくれたとのこと。
これには本人いたく感動。
「ああ、なんて優しいひとなんだろう・・・」
そんな思いから、きっと鼻の下をでれでれ伸ばしていたに違いあるまい。
後日このいきさつを聞きながら、わたしはかつて自分が経験した入院生活を思い出していた。あれは約二年前、わたしの場合は鼻の奥にできたポリープを除去する手術で十日間ほどで済んだ。このときは全身麻酔をかけられたため、着替えから何からすべて看護婦さんにおんぶに抱っこといった感じ。今振り返っても本当にご迷惑をおかけしたと、改めて恐縮。
それにしても良性の病気での入院は本当に退屈なものだ。誰も見舞い客が来てくれない日などは、手持ち無沙汰でベッドで寝返りばかりを打って過ごすしかない。
「誰かと喋りたいな・・・」
元来おしゃべりなわたしは、誰とも口をきかない何時間かが耐えがたい。おまけにちょっとでも体調が悪い日は病人気分が盛り上がり、ちょっぴり不安になったりもする。
そんなときに“トントン”とドアを叩き、顔をのぞかせてくれる看護婦さんの優しい一言。
「いかがですか?何か困ったら言ってくださいね」
冷静に考えれば、どの患者にも同じように話しかけているというのはわかりそうなものだが、こういう事態ではそんなクールな発想はまったく浮かばない。絶対に自分にだけ優しくしてくれているのだと思い込む。
こんな時、彼女たちは本当に天使に見えるから不思議だ。穏やかでふんわりとして、それでいて凛として・・・。同業者のわたしですらこのように思ってしまうのだから、一般
の患者さんとしてみたら、それはもう後光が射すほどの女神様に映るんではないだろうか?
どうやら夫も今回の入院で、女神様を見たらしい。無事帰宅した今もなお、看護婦さんという職業に敬意を払っているようだ。まったく男ってやつは単純なもの。
看護婦さん。何かひとつの信念に徹して黙々と働くプロフェッショナルな女性は、それだけで美しいものなのである。
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