2003.4.23号




 第一話 鯛

 魚が身体にいいことはわかっていても、料理をするのはちょっと苦手、料理してはみるもののいつもワンパターン、そんな悩み多き魚好きのために、今回から、魚のエキスパートである老舗寿司店のご主人・杉山さんに、旬の魚のあれこれを伺います。授かった知恵をもとに、楽しみながら、健康に、おいしく食べるコツを一挙大公開!!

 まず第一話目は魚の王様「桜鯛」。いえ、鯛の種類ではなく、桜の時期に産卵のために浅瀬に寄ってくる真鯛を、古人が洒落て呼んだ愛称のこと。雌は子をはらんで身を肥やし、雄は白子を充実させたこの時期の鯛が特に好まれたため、固有名詞のように使われるようになったのです。日本人が愛してやまない桜と、鯛の旬の時期がちょうど重なるというのが、なんとも素敵ではありませんか。



腐っても鯛
 江戸時代、浜に揚がった鯛は、一心太助のごとき魚屋が、武家屋敷までエッサエッサとかついで届けた高級魚。庶民には縁遠い高嶺の花でした。しかし、江戸も中期になると食への感心が高まり、盛んに料理本が作られるようになります。有名な「豆腐百珍」と並んで、「鯛百珍」なるレシピ本も出版されました。また、「腐っても鯛」、「海老で鯛をつる」など、今に受け継がれる諺が作られたのもこの頃。いかに鯛が日本の食文化の中に深く根付き、愛されてきたかがよくわかります。
 そもそも「腐っても鯛」という諺は、「鯛はお祝いのときなどに食べる立派な魚。そのように素晴らしいものは少々傷んでも尚、価値がある」ということのたとえ。実はこれ、鯛の貴重さを表すばかりでなく、実際に腐りにくい魚であることからのいわれなのだそうです。傷みにくい理由は、細胞が詰まっていて、身の組織が緻密だから。冷蔵や輸送の技術の未発達だった時代には、その点が、今とは比べ物にならないほど重んじられたのでしょう。なにしろ「にらみ鯛」といって、正月三が日、塩焼きにした鯛を床の間に飾って眺め続け、三が日が過ぎてから食べるという風習も残っているほどですから。先人たちは、実に正確にものの本質を見抜いて諺にたとえたわけです。


頭から尾まで捨てるところなし
 鯛がこれだけ尊ばれたのには、まず姿の美しさ、そしてなにより、肉質が美味であったことが挙げられます。鯛の白身は、他の白身に比べても、旨み成分が豊富で甘みがあります。今でこそ、淡白で上品な魚の代表のように言われますが、脂肪分の摂取が少なかったその昔でいえば、鯛の旨みは卓越していたことでしょう。
 そしてまた、それだけ高貴な魚でありながら、皮や目玉、またうろこまでと、それこそ全身捨てるところがない有用な魚でもあるのです。
 ちなみにうろこは油でぱりぱりに揚げて塩をふれば、立派におせんべいのようなつまみに。目玉はちょっと勇気がいるかもしれませんが、栄養抜群。皮は焼いてよし、揚げてよし。旨み分が多いので、潮汁などではだしをとるのにもぜひ使いたいものです。春先から充実する真子と白子は、グルメ垂涎の的。また、なにはともあれ“お頭つき”を珍重する日本人ですが、なかでも鯛の頭(カマ)はその形からかぶとにたとえられ、甘辛く煮たものを「かぶと煮」としてことのほか好んできました。


鯛の鯛
 余談ですが、カマの中のエラに近い部分にある骨の形が、ちょうど魚のような形をしていることから、「鯛の鯛」と呼んで珍重されているのをご存知ですか。江戸時代の書物の中でも「鯛中鯛」として縁起物として紹介されています。その骨は、しっかりと身に食い込んでいるため、身がほろりとはずれる煮魚から取り出すのが簡単とされます。きれいに掃除をし、よく水洗いしてとっておくと、いつのまにかべっこう色に変化します。紙に包んでお財布に入れておくとお金持ちに、箪笥にしまっておけば衣装持ちになれるとか。昨今では、マニキュアでコーティングして保存する人も。


部位の魅力を知ること
 全身、あますことなく魅力に満ちた鯛ですが、それぞれの部位の性質を知って料理することが、鯛を上手に楽しむ、まず第一歩です。


背と腹の違い
 鯛は背側と腹側の肉質がかなり違う魚です。腹側のほうが脂がのっていて、旨みも豊かです。なぜなら腹側のほうが細胞が細かく、密度が濃いから。よって肉質も緻密、口中で旨みが広がります。それに比べて背側はあっさり淡白。ですから、お刺身にするなら断然、腹側のほうが美味なのです。
 鯛の刺身の醍醐味といったら、数ある白身の魚の中でも、ねっとりと吸いつくようなもち肌にあります。ただしこれは1日ほど熟成させた天然ものの腹側の場合。とれたての身は、コリコリとした歯応えが心地よいのですが、旨みそのものは少なめ。それが一晩おくと熟成して、アミノ酸がぐっと増してくるのです。これも、鯛は身の細胞がぎっしりと詰まっていて、傷みにくく、熟成させるのに向く肉質だからできることです。
 しかしこれは、天然ものの鯛ならばこそ。養殖ものは、締めて一日目は遜色ないのですが、二日目からは、身が柔らかくなってしまい、明らかな差が出てきます。ですから、養殖ものを買う場合は、ことさら鮮度に気をつけ、朝締めたものを当日買うようにすること。残ってしまったら、ごまだれで和えて、鯛茶漬けというのもよいでしょう。
 逆に背側のメリットとしては、あっさりとクセがなく、小骨が少ないので、子供から年配の方まで食べやすいということ。香草を詰めてオリーブオイルをまわしかけながら焼いたり、粕漬けにしたり、そんなひと手間をかけると十分においしくいただけます。また、背側のお刺身なら、カルパッチョスタイルで、パルミジャーノチーズや葉野菜をたっぷりのせてオリーブオイルをかけて食べるのもよいでしょう。
 スーパーマーケットでさくどりされて売られている場合、今までは、それがどこの部位であったのか、気にせずに買うことが多かったと思いますが、これからは、確認してみると、調理の幅も興味も広がるでしょう。


皮を活用する
 コリッとした歯応えや、旨み分たっぷりの皮は、通ならずとも上手に楽しみたい部位です。写真のお寿司は、薄く身をつけたままの皮を軽くあぶって、裏返しにして握ったもの。これぞプロの技、笑みのこぼれるおいしさです。機会があれば、ご賞味あれ。


 潮汁のおいしい作り方をお教えしましょう。下記のように、だしのよく出る皮を使う方法で、試してみてください。

[鯛の潮汁]
材料(2人分):
鯛の皮(薄く身がついたもの)2切れ /尾のあたりの身 2切れ /昆布 5cm角1枚 /酒、塩、しょうゆ 各少々 /椎茸(石突きを取り、四つ割り)1枚 /三つ葉(ざく切り) 適宜
自家製ポン酢
レモン汁、 ゆず果汁、 しょうゆ 各適宜 /大根おろし 適宜 /七味唐辛子 適宜


<作り方>
1. 鍋に5cm角の昆布を入れて、500ml の水を入れて火にかける。
2. 煮立ったら鯛の皮と身を入れて火を弱め、 ていねいにアクを取りながらしばらく煮出す。 椎茸も加えさっと火を通す。
3. 酒、 塩、 しょうゆ各少々で味を調え、三つ葉を散らす。
4. レモン汁、 ゆず果汁、 しょうゆを好みの割で合わせて自家製ポン酢とする。小鉢に入れ、大根おろしを添え、七味をふって潮汁に添える。鯛をつけて食べたり、また潮汁に加えて、好みの味に仕上げてもよい。
潮汁はポン酢で調節できるよう、薄味に仕上げる。特にしょうゆは多すぎると、鯛の味を殺してしまうので、控えめに。


かぶとはエラい?
 エラ付近はいちばんよく動かす部位だけに、筋肉が鍛えられ、弾力のある歯応えが魅力です。また、最もおいしいとされる目玉付近を中心に、ゼラチン質もふんだんな部位なので、旨みも十分。カマに塩をまぶしてこんがりと焼けば、それだけでご馳走です。また、あら煮の要領で、やや濃いめの甘辛味でこっくりと煮つけたかぶと煮。途中で新ごぼうを加えてその香りを鯛に移し、そして新ごぼうに鯛の旨みを吸わせる、鯛のカマと新ごぼうの取り合わせは、それこそ“春の出会い”もののおいしさです。


丸ごと一尾でいただくには
 鯛は丈夫なうろこに覆われ、骨も大変に硬いので、腕に自信のある人以外は、丸ごと一尾をおろすのはなかなか難しいものです。そこで、杉山さんのおすすめは酒蒸し。ホームパーティなどでは、途中で席を立たなくてよい料理として評判がよいそうです。

[鯛の酒蒸し 野菜添え]
材料(6〜8人分):
鯛(中)1尾 /塩 適宜 / 三つ葉、 芹、 にんじん、 ねぎなど 各適宜 / 酒 70〜100 ml /柚子、レモンなどの柑橘類 適宜

<作り方>
1. 鯛はうろこをひき、 内臓を除いてていねいに掃除をし、全体に塩をする。
2. 表面に切り目を入れ、 強火で10分ほど蒸す。
3. 三つ葉、 芹、 にんじん、 ねぎなど、 細かく切った好みの野菜をたっぷりのせ、 酒をふりかけ、さらに5〜6分蒸す。
4. たっぷり柚子果汁などをしぼり、身をほぐして野菜と一緒に器に取り、好みでしょうゆなどをつけて食べる。


効能もこんなに豊富
 このように美味なる鯛は、低脂肪、高タンパクで、栄養的に優れているばかりでなく、身体への直接的な効能でも、昨今では注目を集めています。

丈夫な骨を作り、美肌を保つ
 目玉付近には、ムコ多糖類やコンドロイチンなど、人間の関節の髄液と同じ成分が多く含まれており、骨を丈夫にするのに役立つと言われています。またムコ多糖類には肌の細胞を活性化させる働きがあるのにも注目。
疲労回復に
 眼球には特にビタミンB1が多く含まれています。B1には神経の働きを活発にし、疲労感を鎮める力があります。
ビタミンB2で老化防止
 皮に多く含まれるビタミンB2は、細胞の老化を促進する過酸化脂質の増加を防ぎます。また、補酵素としてエネルギ−獲得や新陳代謝にも関与しているので、肌荒れや口内炎などにも有効です。
成人病予防に効果的
 高タンパクな鯛はまた、カリウムも豊富。タンパク質には塩分を体外に排出する働きがあり、カリウムには血圧を下げる効果があるので、2つの相乗効果で成人病を防ぐのに役立ちます。また、身にはタウリンも含まれるので、併せて高血圧や動脈硬化の予防にも力を発揮。
どうですか。もう今夜のおかず、いえご馳走は鯛に決まりですね。


小松宏子



writer's eyes
 魚が身体や頭にいいという認識はひと昔前より高まっているものの、魚離れになかなか歯止めをかけることはできないようです。これは、魚といえば刺身か焼くかのワンパターン、料理のバリエーションのなさが原因の一つではないでしょうか。そこで、貧弱な魚料理を救うべく白羽の矢を立てたのが、毎日何十尾もの魚を扱うお寿司屋さん。せっかくなら、確かな技術を受け継ぐ江戸前寿司の老舗に習いたいと、「銀座寿司幸本店」のご主人に取材をお願いしました。
 はたして、餅は餅屋。経験に裏打ちされた確かな技術と、深い知識や見解から繰り出される話と料理は、まさに「目からうろこ」。もちろん私たちには、お店で扱っているような魚を仕入れることも、同じように扱うこともできないわけですが、でも、「うちは料理屋ではないから」と、手をかけない肴の数々は見習える点がたくさんありました。「うんちくや歴史などの楽しい話と、粋な料理で、魚への興味が増してくれれば幸い」そんな気持ちで、隔月で旬の魚を追いかけます。乞ご期待!

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

昨年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
   


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