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なにしろ「女房を質に入れてまで…」と珍重された初鰹。江戸っ子の初物志向もさることながら、そのいたみやすさのために、いい状態の鰹を食べるには大変な労力と費用がかかったということも事実でした。
また武士の間では、鰹を「勝魚」と、縁起をかつぐ風習もあり、初鰹の値段はうなぎのぼり…。
当時の鰹の水揚げ風景はというと…房州あたりに揚がった鰹、それ急げ!と6人乗りの手漕ぎの小船に移され、夜駆けで運ばれます。
こうして初鰹は早朝、日本橋の魚河岸に到着。 そこには料理屋ご指定の魚屋が待ち構えていて、瞬く間に一尾が二両ほどで取り引きされていきます。その頃の二両といえば、単純に計算しても今の20万円。
貨幣価値を考えたら30万円から40万円になったとも。
ところが、2〜3週間して走りの時期が過ぎ、希少価値がなくなると、値段も一気に100分の1ほどに下がる。
が、それを買ったのでは武士が、いや男がすたると、女房を質に入れてまで、 という言葉ができたのです。
大枚をはたいて買った鰹のあらや骨をこれみよがしに、家の前に出しておいたというのですから、その見栄っ張りぶりといったら、今の江戸っ子の比ではないかもしれません。
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