2003.5.28号




 第二話 鰹

「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」の句に誘われて、新緑の5月ともなると、むしょうに食べたくなる鰹。 旬の概念が失われつつある現代において、鰹の季節性は、いまや貴重な存在です。
 古くから日本人の生活に深く関わってきた鰹、その歴史やうんちくとともに、もっとおいしくいただけるひと工夫やレシピなど、鰹にまつわるあれこれを、「銀座寿司幸本店」のご主人、杉山 衛さんに伺いました。



堅いから鰹?
 鰹といえば、生の魚はもちろん、鰹節としての存在も含め、日本人とは切っても切れない、縁の深い魚です。 古事記の中にも、「堅魚」(カタウオ)という名で登場しているほど、古来、広く普及していたとか。 でもなぜ「堅魚」? これは当時、日持ちがしない鰹を、貴重なたんぱく源として食するために、カチンカチンに干し上げて使用していたからだそうです。 転じて「鰹」になったことはいうまでもありません。これらは鰹節のルーツにあたりますが、現在の鰹節とはかなり隔たりがあったようです。



上り鰹と下り鰹の違い
 鰹はサバ科の回遊魚で、南は九州・沖縄あたりから、北は三陸沖あたりまでを群れをなして移動しています。 春浅い頃、九州や四国沖に姿を現し、鰯などの餌を追って黒潮を北上する「上り鰹」が、いわゆる「初鰹」と呼ばれるもの。 そして9月頃、北の海でたっぷりえさを摂り、産卵のために親潮にのって戻ってくる鰹が「下り鰹」。 そのため、同じ鰹でも、初鰹はフレッシュであっさり品がいい、下り鰹は脂肪がのってまったりと、かなり異なる味わいを呈することになるのです。 トロより赤身を珍重した江戸時代の嗜好には、この初鰹の爽やかな風味がぴたりと合ったのでしょう。 初物好きの気質と相まって、江戸っ子にはことのほか好まれました。



「女房を質に入れてまで…」

 なにしろ「女房を質に入れてまで…」と珍重された初鰹。江戸っ子の初物志向もさることながら、そのいたみやすさのために、いい状態の鰹を食べるには大変な労力と費用がかかったということも事実でした。 また武士の間では、鰹を「勝魚」と、縁起をかつぐ風習もあり、初鰹の値段はうなぎのぼり…。
 当時の鰹の水揚げ風景はというと…房州あたりに揚がった鰹、それ急げ!と6人乗りの手漕ぎの小船に移され、夜駆けで運ばれます。 こうして初鰹は早朝、日本橋の魚河岸に到着。 そこには料理屋ご指定の魚屋が待ち構えていて、瞬く間に一尾が二両ほどで取り引きされていきます。その頃の二両といえば、単純に計算しても今の20万円。 貨幣価値を考えたら30万円から40万円になったとも。
 ところが、2〜3週間して走りの時期が過ぎ、希少価値がなくなると、値段も一気に100分の1ほどに下がる。 が、それを買ったのでは武士が、いや男がすたると、女房を質に入れてまで、 という言葉ができたのです。 大枚をはたいて買った鰹のあらや骨をこれみよがしに、家の前に出しておいたというのですから、その見栄っ張りぶりといったら、今の江戸っ子の比ではないかもしれません。




刺身に、塩焼き、あら煮
 ところが、日本人にはゆかりの鰹、食べ方のバリエーションとしては実はあまり多くはないのだと、杉山さん。そこで鰹を知るたもめ基本の品を3つ。


芥子で味わう刺身
まずは最もポピュラーなところでお刺身。 左に腹、右側に背と、盛り分けてありますが、鰹に関しては、腹身と背の肉質の違いはそれほどないようです。 添えてあるのは生姜じょうゆと芥子じょうゆ。芥子で食べてみると、ぴりっとした刺激が、鉄分を含んだ酸味のある肉質とよく合って、実に爽やかにいただけます。 目から鱗の新発見と思いきや、実は、江戸時代も中頃までは、鰹は芥子で食べるものだったとか。生姜は後期になってから普及したそうです。 芥子じょうゆでの鰹を未体験の方、ぜひ、お試しを。先人の知恵には頭が下がります。


腹ボの塩やき
 また、脂分が少なく筋肉質ともいえる鰹は、煮たり焼いたりするのにはあまり向きません。 加熱しておいしいのは、ある程度脂があっての話です。そんな鰹の中で唯一焼き物に向いているのが、腹身の下側にある、「腹ボ」という部位。(写真参照) 鮪なら、いわゆる大トロにあたる部分です。 これに塩をふって焼き上げたものは、ほどよい脂の甘味と弾力のある肉質があいまって絶品。 青ねぎ少々をふって、生姜じょうゆをつけると、まさに粋なおいしさです。 下り鰹だと脂がのって、より美味ということですが、初鰹でも感激のおいしさでした。


リッとした江戸の味、あら煮
 続いて登場したのが、血合の部分の煮つけ。鮭のめふんと同じ部位で、中骨をぶつ切り にしたものです。 これにひたひたの醤油と酒を注ぎ、薄切りの生姜を加えてキリッと煮上げます。竹串で骨の中に入り込んだあらをかき出しながら食べるのが通だそう。
 なんでもこれは杉山さんのお母さんがよく作ってくれたものだとか。お祖父さん、つまり、「銀座寿司幸本店」の二代目の大好物でもあったということです。 間違っても甘くしないのが江戸っ子の心意気。 それゆえ子どもの頃はちっともおいしいと思わなかったのにないのが江戸っ子の心意気。 それゆえ子どもの頃はちっともおいしいと思わなかったのに、いつしか好きになっている…。 それだけ大人の味ということなのでしょう。
 足が早く、今以上に高級魚だった鰹をあますことなく食べたいという江戸庶民の意地と知恵の中から生まれ、受け継がれてきた食べ方は、現代の私たちには新鮮であるばかりでなく、鰹の魅力再発見となるはずです。


しょうゆと香草野菜との相性
 これまでの料理を見てもわかる通り、鰹はしょうゆとの相性が抜群です。 刺身や焼き物がしょうゆなしでは間が抜けてしまうのはもちろん、煮ものも、しょうゆを勝たせた味つけにするのが、おいしく仕上げるコツ。 日本料理のベースである鰹節の原料であることを考えると、 しょうゆとの相性のよさにも必然性を感じます。
 そして同時に、鰹は香草野菜との相性が抜群。香草? といっても、大葉、わけぎ、みょうがなど、和のハーブ。 そうめんの薬味になるものならなんでも合うと教わり、なるほど!、です。 イタリアでは香草焼きにして食べるようですが、香草との相性のよさは、洋の東西を問わず、経験の中から割り出されてきたものなのでしょう。 そして、香辛野菜が最も効果的に使われている料理といったら、やはり鰹のたたき。 ここでは、とっておきの寿司幸流をご紹介しましょう。



銀座寿司幸流の「鰹のたたき」とは
 鰹のたたきも、もとはといえば、足の早い鰹の劣化防止のためのテクニックとして生まれた料理でした。 藁の火でいぶすのが一番、とされていますが、実はこれも、その昔の土佐藩で食中毒が頻発し、生で食べるのを藩が禁止したところ、火力の強い藁で表面だけを焼き、お上のお触れをかいくぐったのが始まりとか。  寿司幸流の特徴は、最初から皮を取り除いてしまい、皮は別にあぶり、トッピングに使うと いう変則わざ。 この方法だと、皮と身の間のいちばん脂がのっていておいしい部分が存分に生かされます。

<材料>
かつお 1節
薬味
みょうが/貝割れ菜/エシャロット/
大葉/わけぎ 各適宜
たれ
しょうゆ/生酢/二杯酢/ワイン 各適宜  
おろし生姜 適宜  
アーモンド(細く刻む)適宜

<作り方>
1.

薬味はそれぞれ細かく刻んでおく。
鰹はまず腹身の部分の皮を、身を厚めに残したまま取り除く。

皮のあった側に串を刺し、直火で焙る。
表面から2ミリほど火がとおったら返し、裏側も同様に焙る。
すぐに氷水に浸し、粗熱をとる。

2. で引いた皮を網にのせ、身の側から軽く焙るように焼き、短冊に刻む。
3. 鰹のたたきを5ミリの厚さに切り、器に並べる。
4. 薬味を順に散らし、しょうゆ小さじ1〜2を回しかけ、二杯酢と生酢少々をふり、生姜汁を搾る。 最後にワインとアーモンドを散らしてでき上がり。

「ワインでも日本酒でも、 今飲んでいるお酒をふると、酒と肴のなじみが一層よくなります。 焼酎を合わせているなら、小鍋で焼酎をフランベしてふりかける、というのも素敵でしょう。 元来江戸っ子の好物なのだから、粋に食べるということを意識したいですね」
と杉山さん。寿司幸流の心意気、真似てみましょうか。

至福の一杯を選ぶなら…
 



伊勢・志摩の地方料理、手こねずし

 もう一つ、鰹を用いた郷土料理で、全国的に有名になったものに「鰹の手こねずし」があります。 しょうゆで“づけ”にした鰹を直接ご飯に混ぜ込んだ豪快なお寿司ですが、そのルーツは、伊勢志摩の漁師たちが、手を休める暇もないほど忙しい豊漁時に、ご飯と魚が一緒に食べられるようにと考え出されたものだとか。
本来はご飯は、“づけ”にしたしょうゆ少々を混ぜた酢飯ですが、家庭で楽しむのであれば、炊き立ての白いご飯でもOK。 もちろん人肌の酢飯を使っても。この時期なら、新物のがりを細かく刻んで混ぜ込むのもいいし、谷中生姜や木の芽などをたっぷり刻み込めば、ちょっと洒落たおもてなしにもなります。




幻のもち鰹とは
 地元ならではの幻の鰹、「もち鰹」をご存知ですか。実はこれ、同じ鰹でも、産地だけに許される贅沢な食べ方なのです。 なにしろ釣り上げて4〜5時間くらいまでの間に刺身にしたものだけが名乗ることができる名称なのですから。 というのも、そのほんのわずかな数時間だけは、鰹の身がもちもちと吸いつくような独特の歯応えを有します。 これが鰹?というような、別格なおいしさなのだとか。ただし、その時間を過ぎてしまえば、魔法が解けたように、ただの鰹へ逆戻り。 これだけは、輸送技術の発達した今でも、そうそうお目にかかれる代物ではありません。産地へ出向いた折りの楽しみにとっておきましょう。



栄養豊富な俊足ランナー
 鰹は鮪と同様、常に泳ぎ続けていないと、酸素を取り込むことができず、息絶えてしまう魚です。 ですから酸素やエネルギーを多量に必要とし、 えさとなる片口鰯などを、片っ端から丸呑みするのだそう。 身が赤く見えるのはヘモグロビンを多く含むためで、血合がたくさんあるのも、海の俊足ランナーの証です。
 ですから、鰹が我々人間にとっても、良質の栄養源であることは言わずもがな。 たんぱく質の宝庫であるばかりでなく、ビタミンA,B類、D、Eや鉄分、カルシウム、リン、亜鉛などのミネラル類も豊富で、貧血の予防や疲労回復などに効果 的です。 また魚類に期 待されるDHA(ドコサヘキサエン酸)もふんだんで、記憶力や視力の向上に役立つとも言われています。 牡蠣に含まれることで知られるタウリンも多く、滋養強壮やストレスの解消にもつながるはず。 また、3大栄養素(糖質、脂質、たんぱく質)の代謝に不可欠なビタミン、ナイアシン(ニコチン酸)にも富み、バランスのよいダイエットの味方になってくれそうです。


小松宏子


writer's eyes
 鰹が江戸っ子の好物であったことは、あまりにその有名な句から、誰でも知っていることと思いますが、初物好きもここまで!とは、いやはや驚きました。
六本木ヒルズが押すな押すなの大混雑になるのも、新しもの好きがの血がこれだけしっかりDNAに刻まれているのなら、いたしかたないかと、苦笑してしまいました。
それにしても、いただいた初鰹のおいしかったこと!もちろん鰹そのものの品質が、家庭ではとても手に入らないようなものだったわけですが、それでも家庭に取り入れられる技もたくさん。 手こねずし、さっそくやってみました。好評でしたよ。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

昨年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
   



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