2003.7.23号




 第三話 鯵

 日本に生まれ、暮らすことの幸せのひとつは、新鮮な鰺を思う存分食べられることかもしれません。たかが鰺に大げさな、という声が聞こえてきそうですが、決して誇張ではないのです。 目覚しい交通・輸送手段の発達で、世界のどこからでも食材を調達できる昨今ですが、日本固有の近海魚で鮮度がものをいう鯵だけは、ニューヨークやロンドンのSUSHI屋で楽しもうと思っても難しい。こればかりは私達の特権なのです。
 日本のほぼ全域でふんだんにとれる鯵ですから、日本人と鯵の関わりも太古の昔からであったことは想像に難くありません。なにしろ「鯵」という名前も、「味がいい」ことから転じたのが定説というくらいですから。文字に関しては、旧暦の三月頃から味がよくなるので、魚へんに参(さん)と書いてアジと読ませるのだとか。




旬の鯵は庶民の味方
「銀座寿司幸本店」のご主人・杉山さんも、“使える魚”という意味では、鯵と鯛が双璧、と太鼓判。しかも鯛に比べて鯵は安く手に入る、庶民の味方です。「魚の国、日本人に生まれたのだから、せめて鯵くらい、おろせるようになって、鮮度のいい状態で楽しんでほしい」とも。今が旬の鯵を存分に楽しむためにも、今回はまず、あじのおろし方を“一”から習いましょう。


鯵のおろし方

[下準備]
まず大きなボウルにたっぷりの氷入り塩水を用意する。というのは、おろす過程で鯵が温まらないよう、随時、冷水で身を締めながら作業する必要があるから。しかも鯵のような青魚は、真水で洗うと白くなってしまうので、必ず塩水を用いる。
まな板はニオイが移りやすいので、魚おろし用に別のものを用意するとよい。
包丁はいつも使っている牛刀でOKだが、滑らないように、必ず包丁のつか(柄)を濡らすこと。

[おろし方]
1. 冷塩水で洗った鯵は水けをぬぐい、まな板にのせる。 尾のつけねのあたりから頭に向けて、「ぜいご」といわれる、突起状のうろこを落とす。 平らにねかせた包丁を尾の付け根に浅く入れ、大きく前後に動かしながら、そのまま切り取る。裏面も同様に「ぜいご」を取る。
2. えらのすぐわきに「ふ」と呼ばれる黒い斑点があり、その下には太い骨が通っているので、「ふ」のわずかに外側を斜めに切り落とす。
3. 切り口に包丁の切っ先を入れ、腹わたをかき出す。冷塩水できれいに洗い、水けをぬぐう。
4. 切り口の中骨に手をあて、骨のすぐ上に包丁の刃を少しだけ入れる。刃が入ったら、その後は、骨に沿ってすべらせるように前後に包丁を動かしながら刃を進め、自然に尾の部分まで切り取る。
5. 裏返し、同様に中骨のすぐ上に刃を入れ、おろす。
6. これで3枚におろしたことになる。腹側の骨に浅く斜めに包丁を入れ、骨をすきとる。反対側も同様に骨を除く。
7. 冷塩水で再度きれいに洗い、かたく絞ったさらし、またはキッチンペーパーの上にのせて、 軽く水分をぬぐい、さらし、またはキッチンペーパーごと片方の手にのせ、骨抜きで1本ずつ骨を抜く。
8. 最後に皮をむく。頭側の角の部分から爪を入れ、少しずつ引っ張りながら最後までむく。バットなどに並べて冷蔵庫で冷やす。

と、ここまでの下ごしらえがきちっとできていれば、「料理への応用は自在。短時間で一品料理に仕上げられます」と杉山さん。最初は中骨のほうにたくさん身がついてしまい、もったいないように見えても、繰り返すうちにすぐできるようになるはず、とも。



生姜、香味野菜、柑橘類・・・鯵の三種の神器。
 太古の昔から食べられてきた鯵。醤油もなかったような時代から、防腐のため、またくさみ消しのために発達してきたのが、生姜などの薬味や、酸と組み合わせる知恵です。鮮度のよい鯵が手に入るようになった今も、こうした先人の知恵を生かすことで、鯵の魅力が2倍にも3倍にもふくらみます。以下が、鯵をおいしく食べるには欠かせない、三種の神器ならぬ食材です。

生姜 清々しい香りと、ピリッと引き締まる辛みは、生で食べる場合にも、煮物など加熱する際にも、鰺の旨みを引き立てる、なくてはならない存在。
香味野菜 前回の鰹でも説明した通り、そうめんの薬味となるようなものを思い浮かべればOK。つまり、わけぎ、みょうが、大葉、貝割れなど香りの野菜は、いずれも鰺ともよく合います。野菜サラダのごとく何種類かをたっぷり取り合わせていただくのが、今の時代らしい食べ方。
柑橘系 柑橘系の爽やかな酸味との相性がぴったり。酢飯や酢の物も、生酢だけでなく、柑橘類の搾り汁を合わせると、ぐっと品がよくなります。

 ここでは、それらを上手に使って、ひと味(鯵?)違う、技ありの品々を教えていただきました。
おろした鯵を切れば刺身となるわけですが、刺身はやはり腕に自信のある人向き。技術がなくても楽しめるのが「たたき」です。入門編は、まずは「たたき」から。

鯵のたたき 二種

[鯵のたたき] (写 真右)
1. おろした鯵を5mm幅に切り、盛り付けたい分量 を軽くひとまとめにする。
2. 大葉のせん切り、わけぎの小口切り各少々をのせ、包丁の先と箸で軽く和えてできあがり。
3. さらしたきゅうりのせん切りを敷いた器に盛り、のりを散らし、おろし生姜としょうゆを添えていただく。

[味噌たたき] (写 真左)
1. おろした鯵を3mm幅に切る。エシャロットのみじん切り、わけぎの小口切り、みそ小さじ1/2 をのせ、混ぜながら包丁で細かくたたく。途中、しょうゆ少々をたらして味を調える。
2. みょうがのせん切りを敷いた器に盛り、おろし生姜を添えていただく。

自分で鯵をおろす最大のメリットは、残った骨を利用できるということ。骨はだしをとったり、骨せんべいとして揚げたり・・・余すことなく、鯵の魅力が味わえます。以下は、鯵の中骨でとっただしを用いた具沢山のつみれ汁です。


鯵のつみれ汁

[だしをとる]
1. 鍋に昆布とたっぷりの水を入れ、沸かす。ワイルドなおいしさを目指すものだから、すぐに昆布を引き上げず、煮出してしまってよい。
2. さっと湯通しした中骨を1.に入れ、勢いよくさらに強火で煮立てる。だしは、ある程度強めの火で勢いよく、が鉄則。
3. あくを引いたら、皮つきのまま厚く切った生姜をたっぷり入れ、酒もたっぷり注ぎ、塩少々で下味をつける。火を弱めて15分ほどじっくり煮出し、漉す。

[つみれを作る]
4. おろした鯵(皮と骨はついていても可)を細かく刻み、軽く粘りが出るまで叩き、片栗粉、溶き卵、塩各少々を加え混ぜる。スプーンですくって熱湯に落とし、さっとゆでる。
5. 3.のだしにゆでたつみれを加え、しいたけの薄切り、みょうがのせん切り、貝割れ、大根のせん切りなど、好みの野菜を加えてさっと火を通 し、最後にしょうゆ、塩、酒少々で、味を調える。吸い口にこしょうを挽く。
だしを上手にとるコツは、最初は強火、あくをとってからは火を弱めてじっくり煮出すこと。この段階で薄く下味をつけ、透き通 っただしを目指します。

杉山さんいわく、「ミネストローネの魚版のような、野菜がたっぷりいただける健康的なスープ」。滋味豊かなのに、鯵の生臭さはまったくありません。力強いのに繊細な味わいは、ぜひ試してほしい一品です。



鯵の煮付けは、粋な江戸の味
 鯵というと、煮物のイメージはあまりありませんが、しょうゆを効かせてキリッと仕上げます。


筒切り鯵の醤油煮

1. 鯵は筒切りにし、スプーンの後ろなどでおなかを出し、きれいに掃除をする。表、裏両面に斜め十文字に包丁を入れる。
2. 鍋にしょうゆ、みりん、酒を1:0.5:3〜4の割り合で入れ、薄切りにした生姜を加えて沸かし、1.の鯵を入れ、さっと煮含める。器に盛り、生姜を添える。

おおげさに考えず、気軽に少量の酢飯を作る習慣をつけると、魚の楽しみ方が広がります。 ここでは、古くから食べられてきた、鯵の押し寿司の簡単なアレンジです。


鯵の簡単押しずし

[合わせ酢を作る]
押し寿司の酢飯用の合わせ酢は、酢、砂糖、塩をやや甘めの加減で合わせるのがポイント。米1合に対し、酢20cc、砂糖大さじ1弱、塩小さじ1弱が目安。鯵は柑橘類との相性がとてもよいので、ここでは合わせ酢にさらにオレンジ果 汁を加えます。

[酢飯を作る]
1. 炊き立てのご飯3膳分くらいをボウルにとり、合わせ酢を加え、うちわであおぎながら手早く混ぜる。あおぐことでご飯粒がきゅっと締まり、そのときに一粒一粒に酢がしっかり浸透していくので「あおぐ」過程は、省かずに。

[鯵を用意する]
2. おろした鯵を縦半分に切り、皿に並べ、合わせ酢、醤油少々、あれば白ワイン少々もふり、20〜30分マリネする。
3. 硬く絞ったさらしを広げ、ラップを敷き、マリネした鯵を少しずつ重ねながら、2列に並べる。その上に、軽く練って空気を抜いた酢飯を均等に広げる。さらしで包むようにして巻き、すだれをかぶせ、ぎゅっと巻き、押しながら形を整えて、輪ゴムでとめる。一晩冷蔵庫で、または涼しいところに置いて切り分けて供する。

「押しずしが面倒であれば、手こねずしふうにしてもよい」と杉山さん。その際は鯵を「づけ」の要領で、醤油ベースの合わせ酢でマリネ。ほかにも、酢の物、鯵フライ、鯵の南蛮漬け、甘酢あんかけ、ソテーなど、おかずとしての鯵の応用範囲は無限大です。



大人気のブランド鯵
 鯵を握りで食べるようになったのはそう昔のことではありません。少なくとも江戸時代には、鯵を握りのねたとして供するということはなかったのですから。 一般的になったのは戦後のこと。また、近年とみに人気が上昇しているのは、交通手段の発達で、一般的な真鯵ばかりでなく、極めて味のよい“ブランド鯵”が流通するようになってきたこともひとつの理由でしょう。 寿司好き垂涎の的、「しま鯵」、「関アジ」がそれです。名前は知っていても、なんとなく高級な鯵という認識しかない人も多いのではないでしょうか。正体は?

 「しま鯵」はれっきとした鯵の品種名。鯵には学術的に、マアジ、ムロアジ、アオアジなどいくつかの種類がありますが、その中のひとつが「しま鯵」です。形状はたい形で、身体の中央に黄色縦帯があり、高級魚の範疇に入ります。とろけるような甘い脂のうまみが身上。その上質な脂は、鯵でありながら、わさびのほうが合うくらいです。では、だしをとるにもこうし高級あじのほうがランクが上か、というと不思議、そんなことはないのです。だしにはやっぱり真鯵が一番。 一方「関アジ」は、獲れる場所にちなんだ名前。“関”とは、大分県佐賀関町のこと。その漁場で一本釣りで釣った鯵だけが「関アジ」を名乗ることができるのです。

 「関アジ」は、真鯵の仲間なのですが、独立した群れの中で育つため、頭が 小さく、身は太り、尾柄のたくましい、真鯵とは異なる形状を有するようになります。関は、瀬戸内海と太平洋の潮流がぶつかる場所にあり、そこで育つ魚は、豊富なえさで身を肥やすと同時に、早い潮流で身がしまるのだそうです。そんな関あじの持ち味は、なんといってプリッとした身の弾力感。「銀座寿司幸本店」でも本格的に、「関アジ」を扱うようになったのは、昨年からとか。今では、早朝に杉山さんのところに漁獲状況の電話が入り、注文すると、届くのはその日の夕方。夜には、至福のプリプリ感を堪能することができるわけです。輸送技術の進歩には、感謝、感謝。
  また、同じ真鯵でも、獲れる場所のわずかな違いで値段にかなりの開きがでると聞き、驚きです。真鯵は、おろして握ったときに、ちょうど一カン半握れるくらいの大きさが、一番おいしいといいます。今日杉山さんが使った、逗子沖でとれた真鯵は、ジャストそのサイズ。おろし生姜とわけぎでシンプルにいただく握りはこたえられませんでした。それに比して、やや小ぶり、おろす練習台にもなった鯵は、逗子から少し離れた腰越海岸に揚がったもの。それだけで値段は1/3。畑ひとつ違うだけで、ワインの値段が大きく上下する話同様、自然界は奥が深いようです。

至福の一杯を選ぶなら…

程よく脂がのった旬の鯵三種がいただける、鯵三昧な今の時期を逃さずおすし屋さんに出かけてみたいものです。



身体にもいいことだらけの鯵
 そして鯵は、味がいいだけでなく、良質のたんぱく質、ビタミン、カルシウムなどをバランスよく含む、大変栄養豊かな魚です。絶対的な味のよさと、変化に富んだ調理法で長年、日本人の食卓と健康を支えてきました。 なかでもカルシウムの含有量は要注目。成長期の子供はもちろん、年齢とともに不足しやすくなる女性も、若いうちから意識的に摂りましょう。 ご存知の通りカルシウムは、丈夫な骨や歯の形成に欠かせないばかりでなく、イライラを防止する働きもあります。そして鯵のそれは、豊富に含まれるビタミンBとの相乗効果 で、神経を鎮静する働きがあり、ストレスの多い現代社会の中では、頼りになる存在です。
 また、青魚に多く含まれるEPAとDHAの豊富さも注目の的です。EPAは血液中の悪玉コレステロールを減少させ、血栓など血液の病気を防ぎます。 OA機器の過密使用による目の疲れにも効果的です。またDHAには実際に、脳の細胞を活発化させてくれる働きがあると聞けば、がぜん食欲も増すというもの。 血圧やコレステロールを下げるタウリンとの相乗効果も期待できそうです。
 しかもこのEPAとDHAの含有量は、鮮度のよい、脂ののった鯵ほど高いというのですから、味覚の面からばかりでなく、魚を見る目が必要になってきます。
鮮度のよい鯵を見分けるポイントは、
ぜいごがしっかりついていること
おなかのあたりが丸く高く盛り上がっていること
ひれやえらがぴんと張っていること
目が澄んでいること

以上の点をしっかり吟味し、買い求めたら、いざ、腕まくりして、キッチンへ!

小松宏子

writer's eyes
 今回は、杉山さんじきじきにおろし方を教えてくださるとのこと。緊張しながら包丁を携えて出陣しました。もちろんおろしたことはありますが、自己流、歩留まりの悪さに、すっかりあきらめの境地。最近は魚屋さんまかせになっていました。ところが、改めて習ってみると、これが意外に簡単。と言っても、相変わらず中骨にたっぷり身がついてはいますが。でもそれも、おいしいだしをとって、鯵のおつゆをいただくためと思えば、楽しみのひとつではありませんか。 ぜひ、この夏は腕が覚えるまで、何枚でもおろしたいと心に誓いながら、取材中、鯵のみそたたきと白ワインに舌つづみを打った私・・・果たしてどうなることやら。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

昨年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
   



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