2003.11.12号




 第五話 いか

 「いかは苦手」という人は、おそらく日本人ではあまりいないでしょう。ねっとりと甘い身質、それでいてコリッとした歯ごたえ、どちらも独特、「いか」ならでは。強烈な個性はないかわりに、誰にでも好かれる素材といえそうです。真っ白で清潔感のある、あでやかな握り姿は、寿司ネタにも欠かせません。ところがいざ、家で料理をしようとすると、いわゆる刺身や、お惣菜風に里芋と煮たり、洋風にはフライや中華風に炒めものくらいしか思いつかないのではないでしょうか。
そこで、リーズナブルで栄養価も高い、もちろん味も、そんないかの名誉を挽回すべく、さまざまな使いこなしを、寿司幸・ご主人、杉山さんに習いました。

寿司幸本店



甲いか系とやりいか系、2種のいか
ご主人の前にずらりと並んだ4種類のいか。なかなかの迫力です。左から順にもんごういか、白いか、やりいか、するめいか。これらは大きく二つに分かれます。 もんごういかがいわゆる甲いか系
からだの中に甲があることからの名前です。ねっとりと舌にからみつくような歯ごたえが自慢。頭を上にして立てて置き、ぐっと身を押し下げると、突端から甲が姿を現します。この甲を取り除き、足を抜いてから内臓類をつぶさないようにていねいに取り出します。 すみいかであればここに墨が入っていますから、気をつけて。ていねいに洗い、水けをしっかりぬぐいます。写真にはありませんが、すみいかもこの仲間です。
もうひとつがするめいか、やりいか、白いかなどのやりいか系。 これらは、普段から私たちがよく調理しているいかです。こりこりとした歯ざわりと、さっぱりとした旨みが身上。まず足とともにはらわたを除き、開いてよく洗い、皮をむきます。 面倒な皮むき作業の件ですが、やりいか系はほんとうは5枚くらいの皮があり、普段むいているのは表面の1〜2枚。深い部分の皮はむくことができないのです。 だから、やりいか系の料理はいかそうめんなど、包丁でその皮を断ち切るしかないのです。一方、甲いか系は、厚い皮が1枚。多少コツはいりますが、きれいにむけるので、そのままお刺身にもイケます。
ひと口にいかの料理といっても、甲いか系やりいか系のどちらを使うかで、まったく異なってきますから、作りたいものと、それにあわせた、いか選びがまず一つ、大切なポイントになってきます。






いか5種の刺身の盛り合わせ

そこで、まずは、二系列、5杯のいかの食べ比べです。一度にこれだけの種類のいかを食べ比べるチャンスはなかなかないので、壮観です。

甲いか系  
・すみいか ねっとりした甘さは格別。
・もんごういか 少し肉厚で歯ごたえもコクも増す。

やりいか系  
・白いか いちばんさっぱりした味わい。
・やりいか 最もコリコリしながらも甘みも強い。
・するめいか  ほんのり酸味あり。やりいか系の中ではいちばんねっとり。

なるほど!
ねっとり甘い甲いか系とこりこりが魅力のやりいか系の違いがよくわかりました。
いずれにしても、いかを生でいただくには、いかに(!)繊維を断ち切るかが課題です。いかの頭を上下に置いたとき、横に強力な繊維が走っています。だからいかそうめんはもとより、刺身でも繊維に沿うように横に切ったのでは、噛み切れない刺身の出来上がりとなってしまいます。だからいかの身に対して縦に、または斜めに包丁を入れるのが鉄則です。



げその西京焼き

寿司幸でつき出しにも出される、げその西京漬け。
これは、甲いか系のもんごういか、すみいかでの仕事です。やりいか系では硬くて食べられません。 げそはきれいに洗ってから、ぶつ切りにし、塩を多めにふってぬめりを取ると同時に身を引き締めます。 西京みそを酒で溶いたものといかをビニール袋に入れ、軽くもんでから、2〜3日冷蔵庫で漬けてできあがり。 みそをぬぐって軽くあみであぶり、ごまをふって供します。なんとも粋な小鉢です。


するめでだしをとる

いかの難点はだしが出ないということ。そこで、杉山さんは、干したするめからだしをとるということを考えました。かつて地方料理にはそういう発想もあったかもしれませんが、江戸前の古い手法ということではなく、杉山さんのまったくのオリジナル。
するめを適宜刻んでそのまま煮出したものと、あぶってから煮る、2通りのだしをひきました。
生から煮出しただしはほんのり旨みが出るかんじ。一方、焼いてから煮出すと、いかの香りと旨みがしっかりと濃く出て、こうばしく、するめ!という感じになるから不思議です。


焼き豆腐といかの煮物

焼いたほうのするめだしを小鍋にとり、しょうゆ、みりん、酒、生姜汁少々で味を調え、白いかのげそ、細切りにして斜めに包丁目を入れたもんごういか、竹串をさして味がしみやすくした焼き豆腐、ねぎを加えてことこと煮ます。滋味深いいかのだしと、いかの身があいまって、お酒が進みそうな、なんとも乙な小鉢になりました。しんなり軟らかく煮えた、もうんごういかと、歯ごたえを残した白いかのコントラストも楽しみです。


するめいかと大根のサラダ

そしてこのだしをとったするめには、まだまだ出番があるのです。千六本に切った大根に塩をして、しんなりしたらぎゅっと絞り、だしをとったあとのするめを細く裂いたものと合わせ、マヨネーズで和えます。だしをとったあとのするめが実にいい感じ。杉山さんいわく、「高い素材はなるべく手をかけずにそのままどんと、安い素材こそ手をかけて旨みを生かす」。まさにこの法則があてはまる小品です。

至福の一杯を選ぶなら…


おなじみのいかだんごは焼いて

「粘りが出るまでたたき、つなぎに片栗粉を加え、軽く塩、こしょうしてつみれに」は、いかのアレンジとしては定番の一つですが、さっとゆでたあとに表面 に醤油にみりん少々を加えた、寿司幸オリジナルの焼きだれを塗って焙れば、香ばしい酒の肴に。 だんごにはねっとりとした甲いか系が向きます。焼くことで、ふんわりと中からふくらむので、椀だねなどとはまた違ったおいしさです。


わたの炒め小丼

にんにく、エシャロット、鷹の爪をさっと炒め、端っこやえんぺらなど、固いところを小さめに切ったするめいか、ねぎを加えてさっと炒め、ひかえめに塩、こしょう。取り出した鮮度抜群の肝に塩をし、酒、醤油を加えて溶き、これを加えてさっと炒めます。ごはんの上にのせて小丼にすれば、ちょっとエスニックな風情漂う、楽しい一品に。


いか入り沢煮椀の揚げわんたんがけ

 贅沢にも、薄切りにした松茸をたっぷり使った沢煮椀のいかバージョンです。先のするめのだしを鍋に温め、薄切りにした松茸、にんじんのせん切り、みょうがのせん切りを加えて温めます。細く切った甲いかも加えて、さっと煮立てます。いかはあまり火を入れると硬くなるので、注意。片栗粉で薄いとろみをつけてできあがり。 別にわんたんの皮を揚げておき、器に入れ、中華のおこげ料理の要領で上からあつあつの汁をじゅっとかけます。ぱりぱりのわんたんを熱々の汁の中に崩しながら食べる楽しさは格別。 スープは強烈にいかと、松茸の香りが主張しながら交じり合い、絶妙の味わいを醸します。複雑にしてシンプル、口福のスープといっても過言ではありません。

 最後に焼き松茸の握りとすみいかの握りをいただいて締め。至福のいかの授業は終了です。結果、主役を張れるいかの料理はやはり寿司の握りと、屋台のいか焼き(笑)という話になりました。 決していかは「オレが、オレが!」という自己主張はない代わりに、柔軟性にとみ、どんな食材とも相性がよく、にもかかわらず、決して自らの個性を失わず、自分を引き立たせるという、まさに助演女優賞並の活躍をみせてくれます。
 そしてまた、いかは良質なたんぱく源であると同時に、コレステロール値を下げるといわれるタウリンを豊富に含む、とてもヘルシーな食材です。 視力回復、貧血予防、血圧の正常化などの効果にまじって、肝臓の解毒能力をアップする効能もあるのだとか。いかが酒の肴にぴったりというのは、どうやらとても理にかなった話であるようです。自然の摂理は実にうまくできているものなのですね。


小松宏子

writer's eyes
 好きな素材、リーズナブルで使い勝手がいい食材のはずなのに、調理のバリエーションが思い浮かばず、魚売り場の前で、パックを手にとりながらも買うことを逡巡してしまうことが多かった「いか」。これからは、主役にすることは考えずに、脇役として活躍させることを考えながら一品を作ればいいのだと、納得です。
 どんな答えがかえってくるのだろうとわくわくしながら、ご主人、杉山さんに「一番好きなねたはなんですか?」と聞いたところ、私としてはやや意外な、「小いか」という答えが返ってきました。8月の末から9月の初旬にかけて、ほんの一時期だけの、すみいかが大きくなるまでの間の貴重なねたです。せっかくならと、その時期を狙って伺い、初めて「小いか」を食べました。独特の歯ごたえと、ほのかな甘みと酸みが、大人のいかにはない清々しさ。 ほんの少しだけ“通”に近づいたような気がしました。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
   



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