2004.2.10号
第六話 鰤(ぶり)
「寒鰤」という言葉があるように、寒さが増すほどに身がしまり、脂がのり、旨みを増す鰤。春の産卵を控えて食欲が旺盛になる自然の摂理です。また、鰤は成長につれてワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと名前を変える出世魚としても知られ、鯛に並ぶおめでたい魚として大切にされています。最終的に、体長1メートル近くに成長したものを鰤というのですが、今回、「銀座寿司幸本店」の杉山さんがご用意くださったのは、体長 1m 超、重さ 14 〜 15 kgはあろうかとう見事な一尾。富山・氷見の天然ものです。ここまで大きな鰤は本場、富山でもなかなか手に入らない貴重な品です。
しかし、家庭での鰤の料理といえば、「鰤照り」か「鰤大根」。この二つがポピュラーすぎるのか、それ以外の食べ方は浮かばないほどです。そこで、今回は鰤一尾を豪快に食べつくす技を披露していただきました。
「鰤って本来、日本海の魚なんですね。だから本当の意味ではわれわれ東京人はよく知らない。なじみが薄いのです。もちろん、寿司も握るし、照り焼きは日常的なおかずですが。独特の臭みがあるでしょう。日本海で育っている人は、その香りも含めてご馳走ですが。だからその臭み=香りをどう消すかが、鰤を扱う上での一つの課題です。」
そしてもう一つ、今回の鰤料理の見どころは、基本の照り焼用のたれを作り、また、かまでだしをとり、それを照り焼きから煮物までさまざまに使い回していくところです。とくとご覧ください。
基本のたれ作り
鍋にしょう油3:みりん2:酒1の割合で合わせて火を入れ、煮きります。しょうがのおろし汁をたっぷり加え、そのまま 20 分ほど、弱めの中火で火を入れます。奥ゆかしく品のいい、甘辛だれのできあがり。
かまでスープをとる
切り落とした巨大なかまは、頬肉の部分をきれいに掃除をします。熱湯にくぐらせてから、塩少々を加えた湯の中に入れ、マメにアクをとりながらじっくり煮出します。
まずは刺身とにぎりで口福
最初の一品は刺身です。写真右奥が大とろにあたる腹身の部分、手前が、背側で適度に脂が乗った部分。両者を食べ比べて部位による違いを堪能します。とろにあたるほうは、最高に脂がのっているにもかかわらず、天然ものならではの品のいい甘みが口いっぱいに…。いい鮪と同じで、口の中ですっと脂がきれるのがわかります。鮪に比べ、こりっとしたかための肉質なのも特徴です。背の部分は、あっさりと、より穏やかで品のいい印象です。そして握りを一貫。かなり強めに効かせたわさびが、脂分と絶妙の相性をみせます。
たれの中で火を通してから焼く、鰤照り焼き
照り焼きには、しつこくなりすぎないよう、背側を使用します。ほどよく脂がのった背側の身を 1cm 弱の薄切りにし、先ほど仕上げたたれの中に直接加えて6分通り(約5分)火を通します。その後、焼き網にのせ、残りの4分を直火で焼き上げます。そうして口に含んだ鰤の照り焼きは「何でこんなに違うの!」と、ビックリするほどのおいしさでした。たれの、ほどよい甘辛加減と、脂の旨みがあいまって、それこそ口の中でとろけるよう。仕上げにあぶる過程は、
「鰤を焼くのではなく、しょうゆを焼く気持ちで」
とは杉山さんの名言。焼くことで、香ばしさという第四の調味料をまとわせるのです。
天然の鰤だからなのか、はたまた、たれの中で半分火を入れてあぶるこの方法がいいのか、とにかくお試しの価値ありです。
至福の一杯を選ぶなら…
「照り焼きは半分残しておいて」
ということで、食べたいのをがまんして待っていると、用意されたのはごはんとほうじ茶。そう、鰤の照り焼き茶漬けです。三つ葉とごまを添えていただきます。ほうじ茶の香り高さと、しょうゆが焼けた鰤の芳しさがよく合い、食欲を刺激します。なかなかいいアイディアと感心したところ、実は、昭和の初めから中頃までは、どこの家庭にも見られたごく一般的な食べ方だったとか。庶民の知恵、もう一度復活させても楽しいではありませんか。
天然ものの鰤の旨みを最大限に生かした、鰤しゃぶ
次はいよいよ、“今日のメインディッシュ”の鰤しゃぶ。まずしゃぶしゃぶのスープ作りですが、ここで、最初から煮ていた鰤のあらの煮汁が登場します。この時点までで、あらを煮出すこと 30 分。いったん漉し、塩を加えて煮立て、たっぷりの酒を加えて再度煮立て、しょうがの絞り汁を加えます。これで鍋の地はできあがり。
ポン酢は、しょうゆにすだち、だいだい、酢を加えた即興。甘みのないすっきりした味が鰤によく合います。ぶりの腹側の部分を薄く切り、煮立てた地の中で1枚ずつ入れて、しゃぶしゃぶ。表面が白っぽく変わったらすぐに引き上げて、レアの状態でいただきます。軽く火を通すことによって増した甘みと、レアの身質の両方が楽しめ、まさに鰤の魅力の真骨頂。続いて水菜やせりなどの野菜も、一種類ずつさっと火を通して、まだしゃきしゃきしたところをいただきます。野菜もそれぞれに鰤の旨みを含んで、実に豊かな味わいになりました。
至福の一杯を選ぶなら…
レアの状態でいただく、究極の鰤大根
鰤大根といえば、一度は作ってみたいと誰もが憧れる、冬の煮ものの代表選手ですが、ここでは、じっくり煮るのではなく、さっと味をのせる程度でいただく、贅沢な鰤大根を教えていただきました。
材料は鰤かまの身、大根、そして北海道産のおばけキャベツ。おばけの所以は、直径60cmにもなる巨大キャベツだから。葉は薄くしゃっきりとして、甘みが濃厚です。
鰤かまは内側の頬の身を5cm 長さの一口大に切ります。大根は4cm 厚さに切り、面取りをして、ていねいにふろふきにしておきます。照り焼き用のたれに酒を加えてのばした煮汁の中に鰤と大根を入れて温め、キャベツを落とし蓋がわりに上にかぶせて10分ほど、浅めに煮て仕上げます。ほのかに煮汁がからんだ、とろりと甘い鰤、ほっくりと煮えたほろ苦い大根、歯応えを残しながら、旨みを吸って甘みを増したキャベツ。この三者のバランスが絶妙で、従来の鰤大根の概念とはひと味もふた味も違う仕上がりとなりました。煮物とシャトー・オ・ブリオンの相性のよさに思わず顔がほころびます。ただし、家で作る場合には、鰤の鮮度に応じて、湯通しをした方が無難です。
淡い酸味が決め手のスープ
吸い物は、ねぎま汁の鰤版です。同じく、5cm 長さの一口大に切った鰤かまを使いますが、こちらはストレートに味や香りが出てしまうので、しっかり湯通ししておくこと。
濃い目にとった鰹だしに、薄切りにした下仁田ねぎと椎茸を加えて火を通します。続いて湯通ししたぶりかまを加え、5分ほど十分に味が出るまで煮、しょうゆ、酒、塩、酢各少々で味を調えます。このスープのポイントは、何といってもほのかにきかせた酢味。もちろん中国の酸辣湯のような強烈な酸味ではありませんが、スープに酸味をきかせるのは、さっぱりヘルシーにいただくには欠かせないテクニックです。ぜひ、応用してみてください。
締めは、鰤のあらどんぶり
だしをとるために煮出した鰤かま。あれだけ大きなものですから、裏側には、まだ食べられる部分がしっかり残っています。捨ててしまうのはもったいない。そこで、スプーンで掻き出します。ぐちゃぐちゃの状態ですが、これを鰤の煮汁でのばしたたれの中に加え、しょうがの搾り汁を加えてことことと煮ます。
できあがったものは、おつゆたっぷりのそぼろのよう。これをそのままごはんにかけて小どんぶりに。名づけて「鰤かまのつゆだくそぼろ丼」。料理屋さんの究極の裏メニューといった感じですが、これがやみつきになるおいしさ。そんじょそこらでは食べられない、鰤のあらどんぶりなのでした。
世の中で最も安全な食べ物
BSEだ、鶏インフルエンザだ、いや豚肉も危ない、などと騒がれる昨今。人間が好き勝手に家畜を飼いならし、自然を冒涜し、食べ物を粗末にしてきたバチがあたっているのかもしれません。そんな中で、
「天然の鰤や鮪、鰹は世の中でいちばん安全な食べ物、つまり、いちばん毒性の低い食べ物だと思う」
とは杉山さん。というのは、これらの魚は、海水の汚れの少ない大海を、ひとところにとどまることなく回遊しているので、沿岸に定住する魚に比べて汚染の率は非常に少ない。また大海原といえども、鯨のように長生きすれば、毒性の蓄積というのもあるかもしれませんが、鰤などのように寿命が4〜5年であれば、その点も安心。そんなわけで、天然の鰤は非常に安全性の高い食物だといえるのです。値段的にはもちろん養殖よりも割高ですが、味の点ではいわずもがな。その点からも、天然ものを選ぶようにしたいものです。
実際、鰤は、身体にいいといわれる青魚の中でも栄養価はトップクラス。血中コレステロールを下げたり脳を活性化させたり、さまざまな効能を持つ EPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン)に豊んでいます。また、肝臓の働きを強化するタウリンを含むほか、良質のたんぱく質やカルシウムも潤沢といいことづくめ。今日からは「また照り焼き〜?」の声を聞かずに、栄養満点の鰤料理を食卓に出せそうですね。
(
小松宏子
)
writer's eyes
毎回、目からうろこの思いの杉山さんの講義ですが、今回はまた、ごくなじみ深い料理に、こんなにもランクが上のおいしさがあるのかと驚かされました。もちろん、素材である鰤が極上のものであることはいうまでもありませんが、それ以外にも、たれの使いまわしや、スープのとり方など、家庭で取り入れられそうなポイントもたくさんありました。
講義の最後に出してくださったのが、ねぎとろ&とろたくならぬ、ぶり&ねぎ&たく。たたいた鰤に刻んだたくわん、ねぎ、ごま入りの巻物。これまた絶妙でした。すしねたとして、NYでも人気のある鰤。いかにも外人が好みそうなねたであることは、容易に想像がつきますね。ところで英語名を知っていますか?Yellw Tail Fish=黄色い尾の魚というのです。というのも、目の前方から尾まで黄色い線が走り、尾びれが黄色みを帯びているから。NYに揚がる北大西洋の鰤もなかなかです。訪ねる機会があったら、試してみてください。
■取材協力/
銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。
2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
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