2004.4.14号




 第七話 蛤(はまぐり)

貝といえば春の季語。なかでも蛤は、女の子のお祭り、桃の節句に欠かせません。それは、産卵を控えてふっくらジューシー、旨みを増す旬の時期であることはもちろん、貝殻の組み合わせが唯一無二。一つとしてほかにぴたりと合う貝がないという、縁起のよさも珍重されてのことです。平安の昔、貴族の間ではやったという優雅な遊び、貝合わせにちなんだ、金銀五色に塗られた貝殻細工がお節句に添えられることも珍しくありません。
そんなふうに、古来日本人には親しまれてきた蛤。その昔の日本ではいたるところでざくざくと獲れたのでしょう。すしねたとしての歴史も古く、江戸時代にはすでに、「煮蛤」として完成していたとは銀座寿司幸のご主人・杉山さん。昨今では煮蛤をおいているかどうかが、寿司屋の善し悪しの基準のように言われることすらあるようですが、確かに江戸前を代表する古い仕事なのです。そしてもう一つ、おすし屋さんに欠かせない蛤といったら「はま吸い」だそうです。
寿司幸本店


貝尽くしの春の宴

さて、今回の蛤の勉強会は、桜の塩漬け入りロゼシャンパンで始まりました。まず桜の塩漬けをシャンパンにつけて塩抜き。その後、グラスに入れて、ロゼシャンパンを注ぐだけ。ロゼ色に桜のピンクの取り合わせが春らしく、蛤の優しい甘みにもよく合って、なんとも素敵なスターター。その粋なはからいにまずは乾杯!
蛤が滋味豊かな食材であることはいわずもがな。ただ、家庭では、吸い物、酒蒸し、焼き物がせいぜい。殻があるがゆえ、料理法が限られてしまいます。今回、杉山さんはむき身とそれから出る旨みを上手に使いまわしていました。そこに寿司屋ならではの極意が隠れていそうです。
 まずは、たっぷりの蛤のむきみをさっとゆでます。ごくほのかに火が入る程度に。貝のむき身は、たとえ火を通していただくものでも、このように、いったんごく軽く火を入れておくと、滋味が流れ出ずにおいしくいただけるというのが、今回のレッスンの一つのポイント。例えば茶碗蒸しに蛤を入れるような場合もしかりです。
さて、この蛤のゆで汁を味見させていただくと、こんなにも甘く滋味に満ちているのかと驚きました。杉山さんいわく、「即席のコンソメ」。それくらいだしが出るのです。むき身を求めれば、まったくの手間いらずです。ただ、蛤のむき身というのは、あさりと違って一般にはなかなか売っていないので、大きい魚屋さんなどに頼んでみるとよいでしょう。そこで杉山さんからのアイディアですが、蛤だけでボリュームを持たせようとすると、かなりコストがかかります。あさりを混ぜてもいいのでは・・・となるほど、賢い節約術です。


蛤とあさりの酒蒸し比べ
まず一品目が、蛤とあさりの酒蒸しを比べてみました。鍋に蛤とあさりを殻つきのまま入れて空煎りし、そこへ日本酒を注いで、口があくまで加熱。いわゆる酒蒸しです。こうしてできあがった蛤とあさりを食べ比べると、蛤のほうがぐんと甘く、旨みも豊かで丸みがあるのがわかります。一方、あさりはもちろんおいしいのですが、蛤に比べると塩けが強く、ストレートな味わいという感じ。


江戸前の仕事の王道、煮蛤とはま吸い
続いて出されたのが、寿司店の王道、煮蛤のにぎりです。煮蛤は、先のように蛤をさっとゆでて取り出し、別にゆで汁にしょうゆとみりんを加えて煮詰め、地を作っておいた中に戻し入れ、ゆっくり味を含ませたもの。ゆでたあとは火を入れるとかたくなるので浸すだけ。蛤旨みを再び身の中へ戻しながらじっくり含ませます。仕上げにはツメ少々。
そしてもう一つ、おすし屋さんに欠かせない、はま吸いの作り方を伝授。用意するのは人数×2個分の蛤、名刺大の昆布、そして、盛り付ける椀に七分目の水を人数分+蒸発する分を考えてもう1杯。すべてを鍋に入れて火にかけます。蛤の口が開いたらすぐに取り出し、酒適宜、塩少々、しょうゆを1〜2滴加えて味を調えます。蛤を戻して温め、椀によそい、三つ葉、さっとゆでた菜の花などの吸い口をあしらい、柚子か山椒で香りづけ。

なるほどなと感心したのが、水分全量に蛤の旨みを出し切らせるために、飲むお椀で水量をきっちり、はかるということ。こうすると、一人当たり蛤2個で、充分味わい豊かな吸い物ができるというわけ。余分な水分は、旨みを薄めてしまうだけです。


春子(かすご)につめて蒸しものに
次の一品はちょっとしたご馳走です。ゆでた蛤は細かくたたいておきます。芝えびも同様にたたきます。これに白身魚のすり身を混ぜ、しんじょうのもとのようなものを作ります。春子のサイズに合わせて切った熊笹の上に昆布を敷き、開いた春子の身にのせて形づくり、昆布を敷いた笹の上にのせて蒸し上げます。八分くらい蒸し上がったら、酒と塩をふり、仕上げ。しんじょうの中にところどころに隠れた蛤が口のなかで弾けます。春のおもてなしには最適の一品です。ちなみに春子(かすご)とは、鯛の幼魚のこと。この時季ならではの素材です。



春の貝なべ
続いてのご馳走は貝のしゃぶしゃぶ。蛤を殻ごと鍋に入れ、口が開いたらすぐにいただく・・・これは家庭での鍋ものでもよくやりますが、今回の鍋はむき身をしゃぶしゃぶにという、一段と贅沢なもの。まず先ほどのゆで汁を鍋用にとりわけ、酒を加えて味をととのえます。これとは別に、つけ汁としての蛤のあんを用意します。刻んだゆで蛤とゆで汁をさっとあたため、塩、薄口、みりんで調味し、片栗粉でとろみをつけます。取り皿にはこの蛤あんを少しずつ。鍋のほうは沸いてきたら、先の軽くゆでた蛤のむきみをごく軽く、しゃぶしゃぶ。さっと上げて、いただきます。お好みで、蛤のあんをつけてダブル、トリプルで蛤の滋味を味わうというもの。粉山椒をふって、香りを立たせてもよいでしょう。続いて菜の花、白菜、椎茸、そして最後にわかめと、野菜を順次加えて、これも火が入った順にいただきます。貝類の旨みが存分にでていますから、どの野菜もまろやか。野菜をひととおりいただいたところで、とり貝、北寄貝など、別の貝もさっとしゃぶしゃぶ。まさに春の貝尽くしです。

そしてもう一つの粋なはからい。鍋に合わせて梅干し入りのシャンパンをいただきました。グラスに梅干の果肉を入れて、辛口のシャンパンを注ぎます。ほのかに塩けのきいた香り高いシャンパンカクテルは、甘み豊かな貝の味をさらに引き立ててくれます。桜の塩づけといい、梅干といい、和食にシャンパンを合わせる時のグッドアイディア。余計な甘みを感じさせずに、とてもさわやか。さっそく取り入れたいテクニックです。
最後に、蛤のだしで料理をしたときの味つけのポイントを一つ。しょうゆは禁物です。蛤の品のいい甘みを生かすには、塩少々、そして相性のいい酒をたっぷり、これで充分です。強い香辛料も厳禁。山椒のような清々しい香り、もしくは生姜くらいにとどめましょう。
そして止めのお楽しみが、意表をつくすいとんでした。小麦粉にゆで汁を加えてよく練り、刻んだあさりのむき身を加えます。スプーンですくって落とします。モチモチとした歯応えはなんともいえない、懐かしいおいしさ。杉山さんがわざわざすいとんにしたのにはわけがあります。スープの上品な旨みを存分に吸わせるには、稲庭うどんではだめ、雑炊はもたつく、そこで出てきたアイディアがすいとんというわけです。


ふっくらやさしい味わい、蛤ごはん
そしてそろそろ蛤ごはんも炊き上がり。研いだ米にゆで蛤を刻んだものと、蛤のしぐれ煮(市販品)を加えて、水分の1/4量くらいを蛤のゆで汁に替え、生姜の絞り汁、塩少々を加えて炊き上げます。ふんわり旨みのしみたごはんは春の味。これならさっそくまねできそう。もちろん、蛤が手に入りにくければ、あさりに替えてもOK。
蛤の味噌汁でしめれば、ぐっと落ち着きます。これが吸い物だと、これから宴がはじまる、そんな気になるから不思議です。
味噌汁は、水からはまぐりを加熱し、口が開いたら好みの味噌を溶き入れるだけ。吸い口に好みでねぎなどを散らせばできあがり。ただしいらずの蛤、ほんとに優秀な素材です。


素晴らしい貝の栄養価

貝の素晴らしいのは、味の面ばかりではなく、栄養価にもあります。良質なたんぱく質であるばかりでなく、疲労回復に力を発揮するタウリンを豊富に含むほか、ビタミンA、Eやミネラルも豊富。美肌作りにも欠かせない要素がたくさん。そしてローカロリーだからたっぷり食べても安心。古代の人々が貝を中心に栄養をとってきたことも頷けます。短く貴重な春の旬を存分に楽しみたいものです。


小松宏子
writer's eyes
おいしいけれど、バリエーションが少ないのが、悩みだった貝料理。これでぐんと自信を持って食卓に出せそうです。まずは、さっそく炊き込みご飯から始めました。
貝類は魚と違い、泳げないから(当たり前ですが)、その土地その土地の土着性が強いのも貝の一つの特徴です。同じclam=蛤という名がついていても、あのクラムチャウダーの蛤と、日本のそれとでは大違い。ぐっと小粒で、甘みが少なく、やや泥臭いような濃い味です。ところが逆にアメリカであさりを買い求めると、日本の蛤のように大きい。味わいの繊細さにもやはり欠けるよう。しかし、お国は違えども、貝類が旨み、栄養価の高い素材として、その昔から珍重され、さまざまな料理に使われてきたということにはかわりはありません。昔ながらの調理法に加えて、今の食卓に合った供し方を学んで、低カロリー、高栄養の現代のサプリメントとして、もっと食卓に登場させたいものです。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)
   



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