2004.6.9号




 第八話 鱸(すずき)



夏が旬の白身魚の代表といえば、鱸(すずき)。
鰤(ぶり)や鰡(ぼら)と同じように名前と姿を変えながら成長する出生魚です。
5cm前後をヒカリゴ→次がコッパ→2年ほど経って30cmまでに成長したものをセイゴ→60cm以下がフッコ→4年以上、60cm以上に育ったものを鱸(スズキ)といいます。
寿司幸本店


煮ても焼いても食える鱸

銀色に輝く力強い容姿は鯛に続く美魚といわれるほど。ボリューム感のある身質、さっぱりとしながらもコクのある風味。刺身にすればコリッとした歯ごたえを楽しめ、煮たり、焼いたり蒸したりと加熱調理を施せば、ふっくらやわらかに仕上がります。まさに、“煮ても焼いても食えるヤツ”というわけです。
今日の鱸は大磯で揚がったのもので1.9キロ。体長70cmくらいあります。贅沢な味わいを丸ごと一尾楽しみ尽くそう、というのが今回のテーマです。


部位、手法別に刺身を味わい分ける

まずは刺身です。写真は左から「あらい」、「湯あらい」、「腹の身」、「背の身」、その手前が「鰈(かれい)」の5種。(鱸の身質をより鮮明にするための鰈一切れ。噛みごたえのある、しっかりした弾力。さっくりと歯が入る鱸とは、対照的)同じ鱸でも、場所によって、また手法によって、こんなにも味が違うということを知るためのテイスティングプレートというところでしょうか。
プロセスは以下の通り。3枚におろした身を中骨をとりながら、背と腹に分け、5枚におろします。背の部分の頭1/5と尾1/3くらいは、繊維が硬いので、お刺身用には使いません。真ん中の最もやわらかいところを、柳刃包丁で、皮からすき取るように、そぎ切りにします。
その一切れずつを、まず「あらい」にします。あらいとは、氷水の中でさっとふり洗いして身を締める手法ですが、食感はもとより、氷の上に盛り付けるなど、夏の清涼感の演出としても昔から好まれてきました。氷水で5秒ほどふり洗いするだけでキュッと締まった歯ごたえが楽しめますからぜひ試してみてください。これは、白身魚にはATP(アデノシン3リン酸)という物質が多く含まれていて、これに筋肉を引き締める働きがあり、冷水で刺激することによって、筋肉が収縮して身が締まるのです。これに対して、赤身にはごく少量しかATPが含まれていないため、鮪のあらいは存在しないわけです。
もう一つは「湯洗い」。やや厚めに切り、熱湯にさっとくぐらせて氷水にとり、2〜3分芯まで冷やし、水けをしっかりきって、盛りつけます。これらを今回はひとひねりして、酢味噌でいただこうという趣向です。わけぎと一味を添えた酢味噌が、甘みのある肉質を引き立てます。酢味噌は、西京みそ大さじ山盛り3、和からし小さじ山もり1を混ぜ、甘酢でヨーグルトくらいの固さにのばしたもの。生姜、みょうが、大葉、きゅうりなどたっぷりの薬味は、鱸の個性を生かすには必須です。  
また背と腹の風味、肉質の違いも注目!さっぱりと小気味よく歯切れのいい背側。しっかり脂がのり、むっちりと弾力に富んで、コクも甘みある腹身。「ね、まるで違う肴みたいでしょう」、という杉山さんの言葉に納得。今度から、魚屋さんにお刺身を頼むときも、腹身を指定すると一層その持ち味が楽しめるでしょう。
鱸の身質をより鮮明にするために鰈を一切れいただきました。こちらは誇張してたとえればゴムのよう。より噛みごたえのある、しっかりした弾力が身上。さっくりと歯が入る鱸との最たる違いはその辺りです。


煮もので楽しむ浮き袋とあら

次なるお楽しみは、鱸の浮き袋。これは古くから珍味中の珍味として愛されてきたものなのだそう。写真のように指を入れると、中が空洞になっているのがわかります。一尾の魚で浮き袋がこれだけ大きく発達するのは、浅瀬から深いところまでを活発に移動するからでは、とは杉山さんの推測。ただし、鱸自体の鮮度も質もよくないと臭みがあってとても使えないとか。今日の浮き袋は完璧です。これをあらと一緒に、しょうゆ、みりん、砂糖、酒で、ややしっかりめに味つけし、表面にからめるような感じでさっと煮付けにします。
写真は左奥のあらから時計回りに、浮き袋、鯛の真子、鯛の白子。白子と真子は嬉しいおまけです。ゼラチン質を多く含むような、くにゃっと弾力のある浮き袋の食感はやみつきになりそう。しかしながら絶対量が少ないため、ごく上客がきたときだけに出す珍味という杉山さんの言葉も頷けます。


焼き物三変化
中骨は周りの、しっかり脂の乗った身が香ばしく焼けて、まさにしゃぶりたくなるおいしさ。焼きあがりに少々たらしたウイスキーのほろ苦さが絶妙の相性。背のあらには、焼きあがりに白ワインを少々。これも酸が脂をきって旨みを増します。最後の腹身の部分は脂がキツイのでレモンを少々。アラの塩焼きの三変化を楽しみました。


焼き物の塩加減に新たな試み

鱸をおろしたあとに出た中骨、背側のアラ、腹側のアラ、これらをそれぞれ、塩水にさっと浸してざるにあげ、10分ほどおいて香ばしく焼き上げます。この塩水こそが、今、杉山さんが凝っている手法の一つ。実は水に秘密があるのです。通常、水は、分子の大きさのレベルではクラスターと呼ばれる集団を作って行動しています。そこに何らかのエネルギ−が加わると、水分子の結合が分裂してクラスタ−が小さくなります。杉山さんが利用しているのが、「VIVO」という世界最小のクラスター値を持つ水。これに天然塩を溶かした中にさっとくぐらせて塩味をつけるのですが、クラスターの小さい水は動きがすばやく、細胞組織に浸透しやすいので、ごく短時間、それも少量の塩分で、しっかり味がつくという理論なのです。塩水の加減はなめてみて、ほどほどに塩辛いと感じる程度でOK。かなり少ない塩で充分に味がつくことがわかります。まだはっきりとした結論は出ていないそうですが、今のところ手ごたえが感じられると、杉山さん。焼きものに均一に振り塩をするのが意外に難しいのは皆さんもによくご存知のはず。これは試してみる価値がありそうです。


金華ハムの塩分を利用した蒸し物
蒸し物は、金華ハムの塩気と旨みで淡白な鱸の身をふっくら食べさせようという趣向です。先ほど、刺身を造るときに除いた、頭1/5側の身を5cm角に切り、例の塩水にくぐらせます。バットに薄く削った金華ハムを敷き、皮目を下にして鱸を並べ、上にも金華ハムをのせます。強火で蒸し、3分たったところでウイスキーと水少々をふり、6〜7分蒸し上げます。塩水の塩分は中まで浸透してほどよい味加減となり、金華ハムの塩けは舌にあたる絶妙のアクセントに。今まで食べたことのない個性的な、けれど非常に理にかなった品のいい味わいでした。「金華ハムは可能性を感じさせる素材。和食との組み合わせでも、これからもっと注目されてくるでしょう」と杉山さん。魚を食べ終わったあとの蒸し汁を湯で割ってスープにすると、鱸の旨みと金華ハムの香りがふんわりと立ち上がり、極上のスープとなります。

至福の一杯を選ぶなら…


夏の握りの花形
そして、腹身の握り寿司。これだけ美味尽くしで肴をいただいても、やはりお寿司は格別。煮きりと、煮きり+梅肉を二かん続けていただきます。季節感とあいまって、梅肉仕立てのおいしいこと。続いて、身を残してそぎとった皮目を香ばしく焼いた握りです。間にはさんだわけぎと梅肉がアクセントになって、焼き目の香ばしさとともに、口中に極上の旨みを広げます。


締めくくりは潮汁で
最後は潮汁で締めくくりです。鯛に比べてややくせのある鱸の場合、ぶつ切りのアラに塩をして20分ほどおいてくさみを抜きます。鱸は幼魚の時代を川で過ごし、海に出ても、内湾で生息するので、どうしてもその地の香りが残ってしまうことが多いのです。だから、このていねいな下処理が、くせの最も出やすい潮汁には効果を発揮します。
余分な水分をペーパータオルなどでぬぐってから、酒、薄口、塩少々を加えた湯で、ことことと20分ほど煮だします。生椎茸を加えて、吸い口にはみょうが、ゆず、黒こしょう。こっくりと旨みの出たスープは、夏場でも冷房の効いたオフィスなどで、冷えがたまっている身体を心地よく温めてくれそうです。残った鱸の身を刻み、細切りにしたわさびと巻いた巻き物で〆。「これでうろこ以外は一尾、丸ごと食べきりましたよ」と杉山さん。まさに鱸一尾を味わい尽くす初夏の宴。「旬の鱸は絵に描いてでも食べたい」という諺があるそうですが、それがぴたりあてはまるような美味揃いでした。


小松宏子

writer's eyes

普段、魚といえば切り身ですましてしまいがちなのが日本の家庭の現状だと思いますが、こうして、隅から隅まで魚一尾を丸ごと食べ尽くす細やかなワザを披露していただくと、まさに日本の食文化の原点だなあと、感慨深いものがあります。ちょうど、ヨーロッパで豚一頭をさまざまな加工品に仕立てて、食べ尽くすのと同じことなのでしょう。たまには、日本人であるなら、丸ごと一尾の料理にトライしてみたいものです。こんなに大きな鱸だと、丸ごとを料理するのは難しいかもしれませんが、フッコやセイゴなど小ぶりのサイズが手に入ったら、ぜひ挑戦してみたいものです。おろすのがどうしても難しければ、内臓を出して、ハーブをたっぷりつめて、白ワインをふってオーブンで蒸し焼きにしてもよいでしょう。イタリア料理でもおなじみの、鱸の香草焼きですが、切り身に比べて骨付きで焼き上げると、格別においしいということを、まず身をもってわかるだけでも意味があることですから。
ヒカリゴ→コッパ→セイゴ→フッコ→スズキ(鱸)と変化する出世魚の鱸のおもしろいエピソードを杉山さんから教えていただきました。
「寿司屋では、どんなに大きくなってもスズキと言わずに、フッコというんです」。その心は「鈴木さんという苗字が多いことから。オイ、スズキの皮剥いで! おろして! などと怒鳴っては具合が悪い……」と。昔ながらの寿司屋は今でも木札に「ふっこ」と書いて下げているそう。ところが、文献を調べるうちに、鈴木姓はこの魚の鱸からきているという柳田国男氏の説を見つけました。何しろ鱸は、古事記にもたびたび登場するほど、古来から尊ばれてきた魚です。さらに遡れば、貝塚の中からも鱸の骨がたくさん発見されているとか。いかに広く日本の沿岸に分布し、日本人の食生活を支えてきたかということがわかります。もしかしたら、鈴木の姓は、各地で鱸の漁を専門にする人々からの派生なのかもしれません。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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