2004.10.13号




 第九話 鯖(さば)



味噌煮に塩焼き、〆鯖にばってら、遠い昔から、日本人の生活にしっかりと根付き、なくてはならない栄養源として親しまれてきた鯖。実はこれらの調理法は、“足が早い”という欠点から導き出された先人の知恵によるもの。しかしながら、鯖特有のくせは苦手な人も多いはず。そこで今回は鯖の持ち味を上手に生かす、酢、味噌、スパイスを多用することによって、ワンランク上の料理を教えてもらいました。
寿司幸本店


鯖の調理法は古人の知恵

頬にあたる風が涼しくなり始めると、そろそろ、鯖の季節の到来です。数百年の伝統を持つ「ばってら」の専門店があることからもわかるように、日本人の生活の中で欠かせない蛋白源として古くから親しまれてきた魚です。実際、良質なたんぱく質に富むほか、生活習慣病の予防につながるDHAやIPA、ビタミン、ミネラル類も豊富です。
ただ、「鯖の生き腐れ」という諺通り、大変に足が早い魚です。それをどうにかしようと、あの手この手の苦心から生まれたのが、塩鯖や〆鯖であり、また味噌煮などの独特の調理法なのです。数ある魚の中でもなぜ故これほど鮮度落ちが早いのかというと、内臓に含まれる消化酵素が活発に働いて自己消化が急速に進むためだとか。鮮度が落ちると、脂肪が酸化するばかりでなく、多量に含まれるアミノ酸の一種のヒスチジンという成分がヒスタミンに変化して、じんましんの原因になることもあると言います。くれぐれも鮮度のよいものを選び、また購入したら、すぐに調理することを心がけましょう。


上手な鯖料理のポイントは酢、味噌、スパイス

本日の鯖は佐島に揚がった真鯖。まだ9月だというのに、体調40cm、むっちりと脂ののった見事な品です。鯖は脂が強く、たんぱく質がしっかりした肉質であるため、調理法や組み合わる相手を選びがちです。だから、味噌煮、塩焼き、ばってらとすでに完成されている調理法以外に、意外にバリエーションが広がりにくいのでしょう。鯛や平目のようになんでも合う万能選手とはいきません。杉山さん曰く、「そうした癖の強い魚の持ち味を殺さずに、かつ上手に生かしていくには酢、味噌、スパイスをふんだんに使うのがポイント」なのだそう。今回は酢はもとより、酸味を含んだフルーツ、そして味噌やスパイスを駆使して、ありきたりになりがちな鯖料理の、可能性を広げてもらいました。
ところで、銀座寿司幸本店では、鯖は〆て出すのが本流。生で供することはありません。ところが「関鯖」となると話しは別。こちらは刺身でいただくととろけるような美味。いわゆるブランド鯖として、今盛んにもてはやされている魚ですが、「顔などは完全に同じ鯖なのに、肉質がぜんぜん違う」と杉山さん。特定の地域の海流によるえさの違いでここまで変わってくるとは、自然の力ははかりしれないものです。しかし残念! 今回は手に入らなかったとのこと。次の機会のお楽しみとなりました。


まずは王道である、〆鯖、鯖寿司から
本日の宴はひと切れの鯖寿司から始まりました。酢と相性のよい鯖。勢い、コースの中にも酢味のものが多くなりがちです。空腹時には強すぎてしまうとも。そこで、まず一口目にごはんものでおなかをちょっと落ち着かせ、その後、改めて酢の物などを出すという、杉山さんの粋なはからいです。

至福の一杯を選ぶなら…

では、基本となる〆鯖、そしてばってら(鯖寿司)の作り方をみっちりと習いましょう。

[ばってらの作り方]
1 . 三枚におろした鯖は、覆うようにたっぷりと塩をまぶして2時間ほどおき、充分に〆る。いったん水で洗い流し、生酢に1時間ほどつけ、酢から上げる。これが目安ですが、鯖自身の脂の乗り具合によって、脂が多めなら長めに漬け、少な目ならその逆といった具合に臨機応変に。ちなみに〆鯖として使用するのはこの段階のもの。
2 . 寿司飯を用意します。普段銀座寿司幸本店では、しゃりには一切砂糖を使用しないのですが、鯖寿司に限り、やや甘めに整え、酢も多めに加えます。それだけ鯖は脂が強く、甘酸っぱいものとの相性がよいからでしょう。鯖にのせる前に寿司飯をハンバーグのように両手でぽんぽんと行き来させて、充分に空気を抜きます。通常の寿司であれば、ご飯はふわりと握るほうがおいしいのですが、鯖寿司の場合は、みっちりと押されて、ご飯粒どうしがしっかりくっついているような一体感が大切です。
3 . さらしの上に、用意した鯖を裏を上にむけてのせ、真ん中に溶き芥子をたっぷり塗ります。その上にしゃりをのせ、さらしでぎゅっと握って形作ってから、上下を返します。上には白板昆布をのせるのですが、これは砂糖と酢を3:1の割合で合わせた甘酢を昆布だしで割ったものの中でやわらかく含ませておいたもの。昆布をのせたら再度さらしでぎゅっと形をつけ、ラップをかけて冷蔵庫で一晩ねかせます。今回いただいたのは、できたてのフレッシュな鯖寿司。こちらの若々しい脂ののりもこたえられませんでした。


酢の物二種
酢との相性が抜群の鯖。今回、杉山さんは2つの酢の物にトライ。いずれも他の魚介と合わせながらもフルーツを箸休めに挟むことで、無理なく、全体がまとまり、洒落た一皿となりました。
1. いかそうめん、〆鯖、もずく、グレープフルーツの果肉を盛り合わせ、生酢+グレープフルーツ果汁をまわしかけ、しょうゆ少々を落として、もろきゅうと和芥子を添えて出来上がりです。本来、かなりすっぱいと感じるはずですが、さばの脂分で、ほどよい酸味に。グレープフルーツのほろ苦味と穏やかな酸味とあいまって、見事に大人の酢の物となりました。

2. 〆鯖、トリガイ、梨を盛り付け、全体に二杯酢をかけ、酢味噌を添えます。
酢味噌は芥子小さじ1、白味噌小さじ2、味噌と同量の甘酢を加えて混ぜたもの。
こちらも、穏やかな酸と、味噌の甘さが全体をバランスのよい一皿に仕上げています。


“嫁に食わすな”の秋の食材
実はこのなすと鯖の組み合わせ。いずれも「秋○○は嫁に食わすな」という諺にあてはまる、秋を代表する味覚です。そんな言葉遊びにヒントを得て、杉山さんなりに季節感を表現したのがこの一皿です。なすは輪切りにし、網で焼いて焼きなすにする。その上に桃の薄片をのせ、背側の身と腹側の身をそれぞれ塩焼きにしてのせます。写真では左側が腹、右が背側の身。上には刻んだ尾の身を炒りつけてから酢味噌+豆板醤+甜麺醤で和えたもの。一皿の中に秋の味覚と酸みと甘み、全部が詰まった複雑な余韻の一皿です。すべてが和の味覚でありながら、緻密に味を重ねていくフレンチテイストな一皿といってもよいかもしれません。

至福の一杯を選ぶなら…

前の日に焼いた鯖が残ってしまったなどというときは、小さく刻んで揚げて、野菜と盛り合わせてサラダに。こんな気軽なアレンジはぜひ覚えておきたいもの。ワインのおともにもぴったりです。もちろんフレンチドレッシングでもOKですが、ここでは酢味噌+豆板醤+甜麺+すりごまでコクを出しました。


伝統の手法をアレンジ
次の皿は正統派の塩焼きです。べた付けにしておいた塩鯖を、網にのせて直火でこんがりと焼きます。松茸も網焼きにして適宜手で裂きます。付け合せはなんと、マンゴー。鯖の脂分と、薫り高い松茸の相方として、マンゴーのとろりとした甘酸っぱさがなんとも絶妙です。
そして鰤大根ならぬ、鯖大根。大根と炊き合わせてぴたりとくる出会いものは、何も鰤ばかりではないはず。大根は米のとぎ汁の中でやわらかくゆでておきます。鯖はアラの中でも腹側の身で、しっかり脂ののっているところだけを選んでゆでこぼしたあとに、じっくりと1時間くらい煮ます。アラの鍋から必要な量だけ取り出し、大根と奴に切った豆腐を加え、アラのダシ、酒、しょうゆを加えてさらにことことと20分ほど含めます。器に盛り、黒七味をふり、生姜の絞り汁少々を落としてどうぞ。鰤大根に比べて甘みをぐっと控えてさっぱりと煮上げるのが、鯖大根をおいしく仕上げる秘訣。


締めはカレーと船場汁
そして変化球ともいえるカレーを披露してくれた杉山さん。実はこの発想の裏には数年前にヒットした、缶詰の「鯖カレー」があったのだとか。実物は食べたことはないのだけれど、鯖とスパイスの好相性を知る杉山さんだけに、ぜひトライしてみたかったそうです。帆立やいかを加えて煮込んだリッチなカレールウを鯖のアラのダシでほどよくのばし、香ばしくバターでさっと焼き上げたさばを、一口大に切って加えました。ところが意外にも、ルウの中では鯖よりも帆立やいかの味が目だってしまったようです。スパイシーなものにもぴたりと合うワイン、エミディオ・ペペとの相性は抜群でしたが。
最後は、さっぱりと船場汁で締めくくりました。千六本に切ったたっぷりの大根と塩鯖をさっと煮た郷土料理で、大阪の船場が発祥。鍋ものとしても、汁としても親しまれています、ここでは、塩少々をして焼いたアラを、じっくり煮込んで充分うまみの出たダシをとります。この中に、せん切りにしたにんじんとごぼうをごま油であおって加え、松茸とつま用の大根もたっぷり加えてひと煮立ち。すだちを添えていただきます。
鯖のアラの出しは、とにかくこまめにアクを引いてやることが大切。鯛など白身の魚のアラなら放っておいても平気ですが、鯖の場合、まめにアクをとってやらないと、途端に生臭なってしまいます。その分、手をかけてやれば、ほかでは味わえないこくのある見事なダシが引けるのです。
このように、魚を一尾丸ごと使いきる、なかでもアラを上手に使ってダシをとり、それをさまざまに活用していくのは、魚&肴のテーマでもあると、杉山さん。その滋味の深さはどんなご馳走をいただいたあとでも、ほっと心に染み入ります。


小松宏子

writer's eyes

一度は作ってみたいと憧れながらも実際には作ったことがない人が多いのが〆鯖やばってら。かくいう私もその一人。俄然、今回の授業でやる気が出ました。この秋の楽しみの一つにするつもりです。
ばってらといえば、なんといっても大阪、京都など関西が本場です。その昔、若狭に上がったイキのいい鯖は、捕れてすぐにしっかりと塩をし、京への道をゆられていく間にほどよいひと塩加減につかったとか。そのあたりが起源です。しかし、京都と大阪では微妙なお国柄の違いがあるよう。京都のほうが締め方が浅く、大阪がしっかり締めるのをよしとするのだとか。ちなみに、今年の春、仕事で関西の百貨店のばってらめぐりをしたのですが、大阪梅田の阪神百貨店、「ざこば」の鯖寿司はスタッフの一番人気でした。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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