2004.11.10号




 第十話 鮹(たこ)

主役は張れないけれど、なんともいえない、旨みと食感。名前のせいか、姿のせいか、のほほんと微笑ましく、まず嫌いな人のいない鮹。通年楽しめる真だこに比して、旬が短く、季節の味わいである飯だこ。今回はこの二つの鮹を駆使して、たこバリエに挑んでいただきました。
 ところでタコ、漢字で書くと蛸。魚、いや海の生き物なのに、虫偏とは不思議と調べてみると、もともと「蛸」の字はアシタカグモという蜘蛛のことだったとか。足が8本あることから、海のクモと言われていたのが、いつのまにか、海の蛸のほうが有名になり・・・。かように鮹といえば、近海で比較的簡単に漁ができることから、古来、日本人の貴重なたんぱく源として珍重されてきた。古墳からもたくさんタコツボが発掘されているそうだ。
寿司幸本店


現在鮹は、非常に一般的な食材でありながら「ゆで鮹」として売られているのがあたりまえ、生もしくは生きているたこにお目にかかるのは至難のわざだが、今回は生からの処理から教えていただいた。
今日の鮹は東京湾久里浜産。久里浜といえば、東の鮹の名産地。西の横綱が明石であることはもうご存知でしょう。

鮹の下処理とゆで方

全長で40cmほどの大きな鮹。まずは表面のぬめり取りからです。たっぷりの塩をして、全身のぬめりが取れるまで、たわしなどでゴシゴシと勢いよくこすります。まるで石鹸でこすっているかのように、勢いよく泡が出ます。触ってみてぬめりがなくなればOK。続いてすりこぎでとんとんとたたく。この時のたたき方が足りないとやはりだめ、充分やわらかくなりません。たたき続けること5分以上。触ってみると、硬直していた筋肉が、ぐんにゃりとやわらかくなってくるのがよくわかります。
そうして準備が整ったら、酒と醤油を加えたたっぷりの熱湯でゆでます。ゆで時間は15〜20分。予想していたよりもはるかに短いのには驚きました。ゆでる際のポイントを一つ。まず、足先だけを30秒ほど熱湯につけます。これは、足先をきれいにくるりと丸まらせるため。一気にどぼんとつっこむと、あっちこっちへはねたりで、足先の形がまとまりません。

鮹ぶつとスライス
鮹は味とともに食感を楽しむ肴です。だから切り方はとても大切。まずは「鮹ぶつ」と言われるぶつ切りの状態を賞味。通常ゆで鮹といえば、冷蔵ケースの中で冷えているものしか買うことはできないのですから、ゆでたての熱々を口にするということは非常に贅沢です。さっそく頬張ると、しこしことした歯ごたえ、淡いのに、しっとりとしみた塩味。鮹好きならこたえられません。

ところで、先に、鮹の2大ブランドは久里浜と明石と説明しましたが、同じ真だこでも味わいも食感はずいぶん違います。久里浜の鮹といえば、しこしことした歯ごたえがなによりのご馳走ですが、明石のそれはしっとりとしたやわらかさを珍重します。だからゆで方も煮方ももっと深め。やわらかいものをさらにやわらかく。これもべらんめえな東とはんなりな西の文化の違い、興味深いものです。
次なる皿は鮹のスライス。薄切りにして、いりたてのごまをふって供されます。鮹のしこしこ感と、ごまのプチプチ感が口の中で出会って、なかなかに面白い味わいです。実はこれ、お客様からのリクエストで寿司幸の定番になったのだとか。

至福の一杯を選ぶなら…


鮹の頭の皮の酢の物
その昔、料亭では鮹の頭の皮といえば珍味中の珍味だったとか。なにしろ、鮹一杯につき、頭の皮はごく少量。要するに珍味とは味のいかんにかかわらず、とれる量が少ない、つまり、希少価値があるということなのです。頭部に切り目を入れ、いかの皮をむく要領で、引っ張りながらむき、せん切りに。ぷるんとして噛みきれないような、独特の食感が魅力です。ほかにも吸盤や、くにゅくにゅとしている部位などを集めて、細かく切り、全部を合わせ酢でいただきます。あしらいに、もろきゅうのぶつ切りと、かぶを薄く切ってさっとゆで、だしに浸しておいたものを添えました。鮹のいろいろな食感が口の中で弾けて、とても楽しい一皿です。合わせ酢の割合は、二杯酢にレモンの絞り汁と生姜汁、エシャロットを少々。


桜煮(やわらか煮)
鮹の桜煮といえば、今では寿司屋の肴の定番。さぞや江戸前の古くからの仕事なのだろうと思っていました。どっこい、「実はこれ、弁当屋の仕事だったんですよ」と軽く流す杉山さん。江戸の昔から、弁当という文化の発達した日本では、しっかりと味がしみてやわらかく、かつ傷みにくいおかずはないかと研究した末に生まれた調理法。それを昨今になって寿司屋が真似して、専売特許のように出しているのだとか。だから、寿司幸では今でも昔かたぎに桜煮を作ることはないそう。お店で出すのは、あくまでも先のゆで鮹を肴に、また薄切りにして握る、のどちらかです。そこで、今回は、家庭でもできる簡単桜煮を教えていただきました。
だしを沸かし、昆布を入れ、醤油と砂糖を加え、ひたすらことことと煮ます。味はなかなか一発では決まらないので、途中何度か味を確認しながら。1〜1時間半ほど煮たら、しっとりした桜煮のできあがり。料理屋さんでは、さらにやわらかくするために、重曹などを使うところが多いようです。


飯だこ

ぷちぷちとご飯粒のような卵をいっぱいに持った季節の飯だこの楽しさも、格別です。飯だこは足と頭でゆであがる時間が異なるので、目の下で切り分けて頭を先に入れます。足は2〜3分後に。煮汁はだし、しょうゆ、みりんでシンプルに。柔らかく下ゆでしておいた里芋、ふろふきにしておいた大根も加え、10分ほどことこと煮て味を含ませます。


たこ焼き
こんなに変化に富んだ味わい、調理法が楽しめる鮹なのに、なぜか焼く調理法がない、と杉山さん。言われてみれば、確かに、たこ焼きという調理法はあっても、鮹そのものを直火で焼いたり、ソテーしたりとい調理法は日本料理においてはないようです。なぜでしょう。いかはあれほど焼き物があるのに不思議です。そこで本来のたこ焼きをもじって、ほんまの「たこ焼き」を披露。2cm角に切った鮹と、角切りにした大トロ、さらに真ん中に銀杏を串にさして、さっと直火で焙ります。大とろのとろける脂と鮹のこりこりとした食感、こたえられません。


たこ飯
最後はやっぱりたこ飯。鮹とご飯の相性はいわずもがなですが、土鍋で炊くとおいしさはまたひとしお。3合の米を研いで、水に浸して30分。いったんざるに上げてから土鍋に入れ、同量の水+酒50cc。桜煮を作るときに一緒に煮ておいた、鮹の足の最も太い部分、これをぶつぶつと切って上にのせ、あとはなんと甘く煮た小豆となめこ、油揚げが入ります。えっ?小豆とびっくりしましたが、これがどうして、炊き上がりのほんのりとした甘さは鮹との相性抜群。確かに芋・蛸・南京のことわざ通り、ほくほくと甘いものとの相性がよいのです。強火で沸騰したら5分中火、さらに弱火で5分、じっくり蒸らして炊き上がり。飯わんによそい、好みで刻み三つ葉をふって、いただきます。
最後にだしを沸かして残しておいた生の鮹をスライスしてくぐらせ、さっとしゃぶしゃぶんにします。残りのだしに生しいたけ、なめこを加えてひと煮立ちさせ、醤油少々で調味。碗にしゃぶしゃぶした鮹を入れ、つゆをはる。たこ飯とともにいただけば、ほっと落ち着きます。なにしろ、鮹は煮てもだしが出ないので、鮹そのものでだしをとることは無理、外からしっかり旨みを加えてやることが必要なのです。


小松宏子


writer's eyes


古来から日本人の栄養を支えてきたといわれる鮹。この十数年、洋風の食べ方が一般的になるにつれて、また人気が出ているように思います。三十年前ともなると、鮹といっても正月に食べる酢だこか刺身しかなかったような。ところがイタリアンの普及でどこの家庭でも簡単にサラダに、マリネにと使うようになったのです。鮹はなんといっても良質なたんぱく質に富みながら、低脂肪、低カロリーという点がメリット。ダイエット中にはうってつけの食材。そのほか、コレステロール値を下げるタウリンがたっぷり含まれていることも注目です。ただし、消化に時間がかかるので、胃腸の弱い人は控えめに。そして驚くことに、大根や小豆と煮ることで酵素が出て、消化されやすくなるとか。今回も煮物にした大根しかり、ご飯に炊き込んだ小豆しかり、実に理にかなっていたわけです。先人の食の知恵の深さに驚かされるとともに、ごく自然な素材の相性として取り入れていた杉山さんにも関心しきりです。
とにかく、和風、洋風を問わず、大いに食べたい食材であることは言うまでもありません。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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