2004.12.8号




 第十一話 蟹(かに)


ずらり、蟹、蟹、蟹・・・。7種の蟹を揃えて、一度に味わうという、なんとも贅沢な、蟹好きにはたまらない宴の始まりです。「今回は、蟹の身の味わいの違いをストレートに、また、調理法によってどのように味が変わってくるかを愉しむのがコンセプト」と杉山さん。なにしろ、蟹は美味しすぎます。しかも和洋中、どんなアレンジもOK。だからこそ、工夫料理のほうはそれぞれの専門家にまかせるとして、今回は、蟹の身そのものを食べ比べる貴重な場を設けていただきました。
寿司幸本店


蟹の王者三種

まず登場するのは、北海道勢の蟹三種。たらば蟹、毛蟹、花咲蟹。さすが、蟹といえばの名産地の品。鮮度も品質のよさも抜群です。そして味わいではやはり王者のずわい蟹。産地は金沢です。雌の香箱蟹も今が最盛期。1月15日までが漁の解禁日です。ここまでが北の海の蟹たち。そして唯一江戸前の蟹といえるのが、関東近海でも揚がる渡り蟹。そしてもう一つ、同じ蟹の仲間でも極小の沢蟹。これら7種の蟹を、あるものはさばくところから、またある蟹はゆでるところから、見せてもらいました。

至福の一杯を選ぶなら…

 


高嶺の花・ずわい蟹の真髄や“焼き”にあり
なんと今、目の前にあるずわい蟹は、本日早朝金沢に揚がったものを浜ゆでし、すぐに空輸された品。それが昼には銀座寿司幸本店に届き、1時半に着席した私たちの目の前でさばかれているのですから、恐るべき世の中です。そうした輸送事情の向上で、最近では生の空輸も増えていますが、ずわいに関していえば、とれたてを浜でゆでるのに勝るものはないそう。なにしろ蟹は輸送をとても嫌うそうですから。京都以西では、この蟹のことを松葉蟹といいます。食べるえさが違うせいか、松葉蟹のほうが、よりはんなりとした味、と、地元の人はいいますが、果たして?
ずわいといえば焼き蟹。産地へ行くと刺身や生を焼いてもらえるのも醍醐味ですが、例えば東京で楽しむというように、少しでも距離があれば、このように鮮度のよい浜ゆでものを焼くのでもなんら支障はないそう。繊細な甘みが凝縮して、ふんわりと品がよく、この旨みは何ものにも替えがたいほど。すだちもポン酢も何もいらない、そのまま堪能するのがベストです。
家庭で蟹というと食べる時に殻をむくのに必死。おいしいはおいしいが、殻をむくのが面倒で、ということになりかねません。このように足の上半分をよく切れる出刃包丁でそぎ取って、中の身の顔を覗かせてやればいいのだとわかりました。といって、包丁でそぎ切るのは至難のワザ。我々素人は、キッチンばさみで切り取ってやるのがよさそうです。あとは網の上にのせて直火で下からあぶってやるだけ。


子を楽しむ香箱蟹
ずわい蟹の雌のことをこう呼びます。地方によってはせこ蟹、こっぺなどという呼び名もあります。ずわいに比べて1/3ほどの大きさで、身は少ないのですが、なんといってもこれの楽しみは内子と外子という卵。香りの箱という名前も、宝箱のように卵がたっぷり詰まっていることからの連想でしょうか。持ち上げたときの写真でもわかるように、腹側の殻の中にあふれるばかりにつまっているオレンジ色のものが外子。
次の写真で甲羅の下半分にたっぷり盛りつけてあるもの。これは味というよりもじゃぎじゃぎとした独特の食感を楽しむもの。甲羅をはがしてさらに内側にあるのが内子。写真では甲羅の上のほうにちょこんと乗っている、より鮮やかなオレンジ色の卵のことです。これは濃厚で甘みも強く、あとを引くおいしさ。超高価なずわい蟹に比べて、それでもまだまだリーズナブルに楽しめるのが嬉しい香箱蟹。その昔、現地ではかごに入れて1杯100円くらいで売り歩いたそうです。
ずわいだけ、雌と著しく形状、特長が違うわけですが、ほかの蟹の雌雄はどうなっているのかと、ふと疑問がわき、調べてみることにしました。


たらば蟹は“焼き”より“ゆで”
そして同じく北海道産のたらば蟹。たらばの中ではまだ小さいほうですが、それでも堂々たる体躯。足を広げたら60cmはありそうです。こちらは生で空輸。というのも、繊維が太く、ボリューム感のあるじ身質は、生のままさばいて、鍋にするのには最適です。ただし、こちらも大変に殻が固いので、手を傷めないようにくれぐれも気をつけて。逆に、足の部分を焼いてもらいましたが、焼きがにという手法の中では、やはりずわいの繊細で品のいい甘みにはかないません。不思議なもので、焼いているのに、なぜか、身はやや水っぽく、甘みも凝縮する感じはありません。ところが、鍋として煮ると、甘みが凝縮してぐっと身もしまる、というのは後述。それぞれの特性をいかす調理法があるのですね。さらに焼き立ての熱々をいただきながらも、最高級のたらば蟹の缶詰が思い出されました。たらばは生まれながらにして、蟹缶向きの身質だったようです。


ゆで立を味わう毛蟹
もう一つ、北海道の蟹で欠かせないのが毛蟹です。もしも生を取り寄せたら、とにかくすぐにゆでること。ゆでるときには太めの輪ゴムでしっかり斜め十字に足を固定します。さもないと、熱湯の中で暴れて足がもげてしまうのだとか。海水くらいにたっぷり目に塩を加えた熱湯で、ぬるま湯から序々に温度を上げてゆでるのがきれいにゆで上げるコツです。ゆであがったら、蟹は水にとらずにざるに上げとそのまま冷まします(丘上げします)。海老はすぐに冷水にとってさますので、同じ甲殻類でもそこが大きな違いです。
粗熱がとれたら、親指を入れておしりの部分をガクンとはずし、続いて指を入れて甲羅をはずします。両側のガニの部分をきれいにとり除きます。そして、できれば包丁を使わずに、手で真っ二つに割ります。さらに厚みを半分に切り、身をせせりだすようにほじります。金けを嫌うので、できる限り包丁を使わないほうがベター。といっても、鋭い毛蟹の毛で手を傷つけることもあるので、軍手をするなどのご注意を。
二杯酢でシンプルにいただくのがベスト。なにしろ蟹の身は柑橘系の酸味との相性が抜群。二杯酢の割合は、基本的には酢としょうゆ(または薄口醤油)同量。


殻ごと食べられるからキチンの補給に・沢蟹
ここで、ちょっと合いの手をはさんでいただいたのが、沢蟹。パックを開けるや、元気よくごそごそと動き出しました。沢蟹といえば素揚げ。居酒屋の王道メニューですが、はたしてこれはどう作るのか。実は素揚げする前に醤油少々を加えた酒に20分ほど浸けて酔っ払わせておとなしくさせるのだとか。確かにあれだけ勢いよく動いている蟹を揚げるのは大変なこと。
下味がついたら、水分を拭い、最初、蟹自身の水分をとばすように高温で揚げ、いったん油をきってから、次は低温に落として、じっくり揚げます。これで甲羅までぱりぱりといただけるように、カリカリに揚がるのです。熱々に塩をふっていただくと、思わず、ビールと所望したくなるようですが、ワイルドなおいしさは格別。蟹の甲羅には免疫力を高めるキチンという物質が含まれていることは昨今よく知られるところですが、このように殻ごと揚げていただく沢蟹なら、摂取量抜群。なかなか直接摂取することが少ない栄養素ですから、食する機会があるときは積極的にどうぞ。


江戸前の蟹・渡り蟹
最後は渡り蟹。この蟹だけ関東近海でとれたものです。東京近郊に住んでいるのであれば、もっともなじみ深く、また最も扱いやすい蟹といえるのではないでしょうか。寿司幸本店として扱う蟹は渡り蟹だけだそう。これも江戸前の伝統にこだわればこそ。その昔は朝獲れの蟹が昼に届くなどということはありえなかったのですから。
蟹のように傷みやすいものは近場のものを味わうしかなかったのです。
スーパーなどでも比較的お目にかかりやすいため、またぶつ切りにして炒める中国料理や、パスタの具などにも向く守備範囲の広さから、つい、ゆでたての身をほぐしていただくおいしさを軽視しがちです。が、今回、お店で出しているのとまったく同じ酢の物を作っていただいて、改めて渡りかにのおいしさに気づいた次第。
きゅうりやみょうがなど、細く切った野菜をたっぷり添えて、真ん中には真っ赤に熟れた卵を。ずわいのはんなりした甘みともまた違う、なにやら、きっぷのいい、江戸っ子的なめりはりのある甘みが、ああ寿司屋の蟹だなあと、うならせてくれます。ゆでただけでこれだけおいしいのは鮮度がいい証。
続いて蟹の握りを一つ。ほぐした身をねたの大きさにととのえて、手際よくしゃりを巻き込んで握って完成。乙な甘みにはメンバーそれぞれ笑みがこぼれました。どんなに蟹がおいしくても、ときにそれを上回る寿司の魅力は偉大です。実は蟹が醤油と相性があまりよくないのですが、わさびも必要としません。蟹の甘みが強いため、苦く感じてしまうのかもしれません。だから蟹の寿司はそのまま何もつけずに味わうのがいちばん。口中に広がる甘みを酢飯が受け止めてより開花させるのを、じっくり楽しみたいものです。


最後はたらばの鍋で締めくくり
最後は鍋で締めくくり。土鍋には水、酒、昆布鼓舞だけ。豪快にぶつ切にした蟹のほかには白菜、春菊、ねぎ、豆腐などの具材をぎっしり詰めて。くつくつと煮えてきたら、かんきつ類をたっぷり加えたポン酢でいただきます。殻から旨みの出たスープのおいしいこと。くたくたに煮えた白菜やねぎもしっかり蟹の旨みを吸って、一層味に深みを増します。一通りいただいたら、具を除いて、スープだけにし、ご飯をほぐして加えてひと煮立ち。卵をとき入れてむらせば、雑炊のできあがり。鍋のあとはやはりこれがなくては落ち着きません。一滴残さず蟹の旨みをいただいた、そんな満足感に満たされたのでした。

蟹の旨みのもと

ところで、蟹がこれだけおいしいのは、そのものずばり、旨み成分であるグルタミン酸などのアミノ酸を豊富に含んでいるからです。旨みはまた甘みとイコールの部分もあり、蟹のおいしさはとても甘みを感じるものですが、嬉しいことに低カロリー食品なのです。高価なのが玉に瑕ですが、ダイエット中の人でも安心して食べられます。良質のたんぱく質をたっぷり含むほか、ビタミンBや亜鉛などのミネラル類も豊富。薬膳では血液の循環をよくするとも言われています。いいことづくめのように見えますが、食べ過ぎにはご用心。「精が強いんでしょうね。それほど量を食べていなくても、すごく満腹感を感じるのです。ね、皆さんお腹いっぱいでしょう。食べ過ぎると、お腹を壊したり調子が悪くなる人もいるくらいですから、気をつけてくださいね」と杉山さん。幸い北陸や北海道に蟹ツアーにでも行かない限り、食べ過ぎるほどには食べられない食材ですから、その心配はないか。自然の摂理はうまくできているようです。

小松宏子


writer's eyes


熱狂的というわけではなくとも、人並みに蟹好きな私ですが、こんなにたくさんの種類の蟹を食べ比べたのはもちろんこれが初めてです。なんという贅沢! それにしても、蟹の身自体にこれだけ味の差があるとは、驚きでした。そしてその差がほぼ、値段に比例していることも。ずわい蟹が高いのは伊達ではなかったのです。今回いただいたのは、金沢のそれですが、この仲間で最高峰ブランド(大間のマグロのように)というと、丹後地方の間人(「たいざ」と読む)の松葉(ずわい)蟹ということになるそう。お値段もさらにワンランク上ですが、味わいもたとえようもないほどのおいしさなのだとか。一度彼の地へ出かけてみたいものです。
そして味わいの違いといえばもう一つ、それぞれに適した調理を施してやることで、一層その差が際立つということ。カニ缶といえばなぜゆえ“たらば”が多く、“ずわい”ではないのか。それは焼いたとき、鍋にしたときの蟹の味わいを思い出せば、歴然です。
そろそろお正月の準備も念頭に入れて、という頃。すっかり蟹に魅了された私。年末には香箱蟹を取り寄せてみよう、などと思っています。

■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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