2005.3.9号




 第十二話 鮃(ひらめ)

厳寒から春先にかけてが旬の鮃。数ある白身魚の中でも最高級とされるものです。
「鯛や鮃も舞い踊り・・・」と浦島太郎の竜宮城の話の中にも出てくるように、昔から高級魚の誉れ高く、珍重されてきました。「極上の鮃であれば、鯛よりも高い値がつきます」と銀座寿司幸本店の杉山さんも言います。今回はその鮃のさまざまな使いこなしを見せていただきました。

寿司幸本店


本日の鮃!

今日の鮃は、大磯に揚がった相模湾産、体長45cmの立派なものです。写真はすでにうろこをはいだ状態です。「鮃の味わいの特徴はなんといってもふくよかなこと。淡泊なようでいて、旨みの強い、複雑な味わいを持っています」と杉山さん。

至福の一杯を選ぶなら…

鮃の頬身が貴重なわけ
まず一皿目は、鮃の頬身(ほほみ)です。頬身とは、文字通り頬の部分の肉。大きな一尾から2人分しかとれない貴重品です。鮃はゆったりとした魚のように見えて、実は獰猛な肉食魚。鰯などの小魚を鋭い歯とあごで噛みくだいて育ちます。だから、頬の筋肉がとても発達しているのです。写真は目のあたりを中心に頬身を切り取った跡ですが、本当に頬の身ということがよくわかるでしょう。この部分の肉はすべて筋肉。切り取ってすぐの身に杉山さんが包丁を入れようとすると、ビクビクと振るえて抵抗しているのがわかります。はたしてそぎ切りにされた頬身の刺身は、すごい弾力。吸い付くような食感と旨みが口いっぱいに広がります。
不思議なのは、あんなに平たい魚で、裏側にはまったく肉がないように見えるのに、頬は、ちゃんと裏側にも…。
鮃によく似た魚として知られるのが鰈(かれい)です。目が左にあるのが鮃、右が鰈とか。同じように海底の砂泥に住む魚ですが、こちらは、ゴカイのような小さな海の生物しか食べず、従って顎から頬へも未発達で、頬身を取ることはできません。一層、鮃の頬が貴重になってくるわけです。


昆布締めの手法を学ぶ
次は、昆布締めにした腹身のお寿司です。鮃といえば昆布締めが定番というくらいに、昆布の旨みを移す手法がよく似合います。家庭ではお寿司やさんのように極上の白身魚が手に入らない現状を考えれば、昆布で旨みをのせるこの手法はとても役に立つともいえるでしょう。鱚(きす)など、淡泊な白身の魚であればどんな魚でも応用ができますから、ぜひ、覚えてください。
まず、鮃に軽く塩をして25分ほどおきます。いったん真水で洗い、水分を拭います。昆布は軽くふいて汚れをとり、さっと甘酢にくぐらせて水気をぬぐい、塩をした鮃をはさんで一晩からできれば20時間ほどおきます。春の季語でもある木の芽をはさんで握れば、粋な早春の寿司のできあがり。柑橘系の酸味を少し絞ってもいいとのこと。清々しいくも品のいい一貫となりました。
鮃の魅力は、イキのいい鯛のプリプリ感とはまた違う、舌に吸い付くような弾力にあります。「鮃はほんとに使いやすくていいヤツ」と太鼓判を押す杉山さん。よい鮃であれば、シンプルに食べた方がいいとも。刺身はもちろん、フライや香草焼きなど、できるだけ余計な味を加えずに。


脂ののった中骨を焼く
次は箸休め的ひと品。中骨をぶつぶつと切り、軽く塩をふって網でこんがりと焼きます。下にはレモンを敷いて。中骨にわずかに残った身がカリカリに焼けて香ばしく、ほどよい脂肪分のあいまって、なんとも美味。豪快に手で持って、がぶりとかじりつくのが正解です。


えんがわをとろとろに煮付けて
次に取り出したのが、卵とレバー。鰈の卵はおなじみですが、鮃の卵というのは通常はあまりお目にかかりません。魚屋さんやスーパーで一尾売りされることが少ないからでしょうか。が、この時期の鮃は卵を持っています。そして春が近づくにつれ、どんどん卵が大きくなるのだそう。また、肝が食べられるのは鮮度がいいからこそ。しかしこれにも固体差があって、なかには飛びぬけて肝がきれいでクリーミーなものがあり、その場合は、肝醤油にすると抜群においしいのだそうです。「人間に、脂肪肝のヤツがいるように、鮃にもいろいろいるんですよ」と杉山さん。冗談はさておき、魚の中にも美食家と悪食がいるよう。食べているものによって、肝の状態が大きく異なってくるのです。
今回はそれらの貴重な卵と肝、そして、コラーゲンのかたまりとして、美食家からお肌が気になる女性まで、一様に目がないえんがわを煮つけました。みりん:しょうゆ:酒=1:1:2の割合で合わせた煮汁の中にぶつぶつと切ったえんがわを入れて7〜8分煮ます。途中、肝と卵も加えてさっと煮上げます。器に盛って、一味唐辛子を少々。ゼラチン質が溶け出してとろりとしたえんがわ、そしてほこほこと濃厚な卵。こっくりとした肝。それこそとろけそうに幸せなおいしさ。生きててよかった、などという言葉が脳裏をかすめるほどです。「肝とワインの組み合わせを意識して」と杉山さん。確かに、生まれながらに品のいい鮃は、肝も上品。あん肝のようなこれみよがしの濃厚さではありません。だから、さらりとしながらもコクのある勝沼ワインが俄然光ってくるのでしょう。


真似してみたい蒸しもの
一尾の鮃の中でも、背中から尾にかけては筋が強く、刺身にするにはちょっと硬すぎるとか。そこで教えていただいたのが蒸しものです。
オーブンペーパーの上に均一に塩をふり、細長く切り取った鮃の背中の身を並べ、さらに上から塩を少々。この塩加減でほとんど味が決まるので、強すぎても、弱すぎてもいけません。小皿に昆布を敷き、塩をした鮃をのせて蒸気の上がった蒸しかんへ。5分たったら取り出し、ほぐしたずわい蟹の身と、青みに貝割菜をのせ、日本酒少々をたらしてさらに5分。蒸し上がりに、ふり柚子をしてできあがり。ふわりと柚子の香りが広がる、気の利いたひと皿となりました。「日本酒のかわりに白ワインとオリーブ油を落としてもおいしいでしょう」と杉山さん。さっそく作ってみたいひと品です。


皮とあらの汁
「鯛に比べて、おろすのも楽だし、刺身にするにも勝手がいい。そして捨てるところのない魚です」と絶賛する杉山さんが次に見せてくれたのが、“かま”と“皮”の使い方。ぶつ切りにしたかま、アラ、皮をさっとゆがき、昆布を入れた湯に移してしばらく煮出します。その間に、簡単ポン酢を作ります。大根おろしに一味唐辛子を加えて即席もみじおろしに。小皿にしょうゆ、レモン、ゆずを絞って、酸味のきいたたれを作り、もみじおろしを添え、わけぎを少々。煮出したあら汁は、味つけする前に少しだけスープを別にとりおいて、塩としょうゆほんの少々で味を決めます。鮃のように繊細な味の魚には強いしょうゆや甘みは向きません。味を決めたら、せん切りにしたうどをたっぷり入れた器に皮とともにつゆを注ぎます。先ほどのポン酢を添えてどうぞ。ツルリとした皮からしっかりと旨みが出て、なんともいいだしが出ています。身体のすみずみにまでしみわたるおいしさです。「鮃の長所は、このように、短時間できれいな旨みが出るということにもあります。同じ、白身の王様でも、鯛だと脂がですぎる。鰈ではくさみが出てしまう」。なるほど、鮃はまさに旨みの女王です。


鯛茶ならぬ鮃茶漬け
最後のひと品は“平茶”。昨今すっかり鯛茶ブームですが、今回は、鮃をぐっと厚めに切って、リッチなお茶漬けに仕上げました。これはぜひ覚えて、お酒の後などにお客様に出してみたい品です。
まず、ごまだれを作ります。白ごまを炒って、すり鉢ですります。7分通りの粗すりになったら、1/3量をとりおき、残りはねっとりと油が出るまですります。一人分で、ねっとりごまを中さじ1杯、粗めを中さじ1/3杯、醤油を大さじ1、煮きり酒に1/20量のみりんを加えたもの大さじ1を混ぜ、さらに先ほどのアラ汁でとりおいただし少々でのばして仕上げます。厚切りにした鮃にたっぷりからめ、一味を少々、ご飯とさっとあぶった海苔と、わさびを添えてどうぞ。まずはお茶をかけずにご飯にのせて、次にやや渋めに入れたお茶をかけていただきます。余すことなく鮃の旨みを堪能した食事を締めくくるには最高のひと品です。


小松宏子


writer's eyes


実は、この1月末から2月にかけて、雑誌の撮影で、杉山さんに江戸前の寿司を百貫!握っていただくという、大きな仕事をご一緒しました。同じシャリの上の、トッピングともいうべきネタが変わるだけの、普通に考えれば限られた世界でありながら、江戸前寿司とは、かくも、奥深い魅力を持つ世界なのかと、関心しきりの2日間でした。
もちろん、百貫の中には鮃も登場。その際に初めて貴重な頬身の味わいを知った次第です。今回は、頬身を繰り抜くところから全部見せていただいて、食感のわけを納得しました。昆布締めはもとより、えんがわは、生でもあぶっても、それぞれにたまらない魅力がありました。今日、鮃のおいしさの秘密をいろいろ伺って、すっかり納得です。興味のある方は、どうぞ、婦人画報4月号をごらんください。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



Copyright (C) 2004 Island Magic Inc. / kireine.net All Rights Reserved.