2005.5.25号




 第十三話 海老(えび)

そのあでやかな赤色や華やかな姿形から、祝いの席には欠かせない海老。寿司屋のねたにおいても、ぴんと背筋の伸びた車海老の握りは花形です。一方、ねっとりと舌にまとわりつく甘さがこたえられない甘海老、おぼろ作りになくてはならない芝海老…。そう、寿司屋と海老は切っても切れない仲なのです。そしてそれを裏づけするかのように、日本の海老の漁獲量は世界一! まさに海老大国と言えましょう。今回は、大は伊勢海老やオマールに始まり、小は旬の桜海老まで、さまざまな海老の魅力を味わい尽くすとともに、それぞれの持ち味を生かす調理法を教えていただきました。

寿司幸本店


多彩な海老、その味わいと生かし方

まずは、本日使う海老をずらり9種類。同じ海老の仲間といっても、こんなにも種類があり、それぞれに味わいも、また旨みを引き出すための調理法も異なるということを銀座寿司幸本店のご主人・杉山さんにじっくり教えていただきました。
皿の中にずらりと並んだ海老は、写真左上から、金沢の甘海老、北海道のぼたん海老、北海道のしま海老、仙台のぶどう海老、下段左から富山の白海老、駿河湾の桜海老、東京湾の芝海老。そしてはさみをしっかりゴムで留めたオマール、おがくずに埋まった元気な伊勢海老。計9種の海老を食べつくそうという、なんとも贅沢な宴の始まりです。
海老は同じ種類でも生息する場所によって姿形が変わるなど、実に多種多様ですが、味わいの側面から見ると、生で食べる方がおいしいもの、火を入れることでおいしくなるものの、2グループに分けることができます。“生グループ”は甘海老に代表される、ねっとりと甘いタイプの海老。これらは、刺身でいただくと、口福!と頬がほころぶわけです。逆に車海老や伊勢海老などは、鮮度がよければ刺身にすることもありますが、これは鮮度自慢のためだけであって、味わいという観点からすると、やはり、火を通してこそ、と、杉山さん。
ここでは皿の上段に並んだ海老が生グループです。しま海老やぶどう海老など、なかなか手に入らない貴重な品も揃えていただきました。
贅沢に食べ比べと行く前に、それらの海老をもっとおいしくしてくれるワインを紹介しましょう。。

至福の一杯を選ぶなら…

さあ、4種の海老の刺身の食べ比べです。左から甘海老、ぼたん海老、しま海老、ぶどう海老と、並び順は先ほどと同じ。結果、ストレートにいちばん甘みが感じられるのが甘海老。次のぼたん海老は、甘みはもとより、むっちりと太った、プリッとした歯ごたえが魅力。しま海老は名前の通り殻に縞模様がある海老ですが、甘みはさっぱりとして、旨みが長く続くのが特徴。そして殻がぶどうのような色をしたぶどう海老は、ボリューム感のある、まとわりつくような甘みが身上です。いずれも甘美な味ですが、ワインと合わせることで、あら不思議!単体で飲んだときには甘みが強かったワインが、キリッと引き締った味に変化しました。


焼き車海老のだしかけ
今回のご馳走尽くしの中でも、シンプルながら心に残るおいしさだったのがこの一品です。車海老に串を打ち、塩少々をふって焼きます。ほどよく火が入ったら殻をむき、半分に切って小鉢に入れ、熱々のかつおだしをはって、三つ葉とゆずを少々。顔を近づけると焼いた海老の香ばしさがぷーんと香り、一口だしを含むと、車海老の高貴な旨みと三つ葉やゆずの風味が一体になり、しみじみと心にしみわたります。焼いた海老は口の中でぷりぷりと跳ねるよう。焼き物とも吸い物とも違う、新たな味わい方を知りました。


白海老の焼きだんご
白海老もとても珍しい種ですが、これは富山の特産。加熱しても赤くならならないことからの名前です。白海老は一つずつ丁寧に殻をむき、包丁でねばりが出るまで叩きます。塩少々と、小麦粉適宜と溶き卵をつなぎに加えてよく混ぜ、スプーンですくって沸騰した湯に落とします。さっと火が通ったら竹串に刺し、煮きり醤油を塗ってあぶるように直火で焼き上げます。あぶった醤油も香ばしく、ほくほくと弾力のある食感が楽しい一品。白海老ゆえか、それほど海老の主張が強くなく、けれど穏やかな旨みは充分、なかなかのおいしさです。実はこれ、富山の郷土料理で、地元の人に教わったものなのだと杉山さん。地元では笹かまぼこのような形にまとめて、さまざまに使いこなすのだそうです。寿司幸本店では、殻をむいてお刺身にして出すのが本流。と、聞いても、あの小さな海老の殻を一つずつむくとは、と驚いていると、「寿司屋の仕事としては大変なうちに入らないと」杉山さんに一蹴。確かに寿司屋の仕事は事前の仕込みが9割以上・・・頭が下がります。

至福の一杯を選ぶなら…


芝海老と白身魚の桜蒸し
今回の中でも、最も料理っぽい一品が、料理がこの芝海老の蒸し物でしょう。殻をむいて背わたを取った芝海老は、包丁の刃で細かく切らずに、お玉のようなもので、ぶつぶつと押しつぶすと粘り気が出て、パサつきません。塩少々で調味し、小麦粉と卵の白身をつなぎに加え、混ぜ合わせます。蛤はむき身を細かくたたきます。器に小さく切った昆布を敷き、鯛の切り身をのせ、芝海老のすり身と蛤をのせ、平目の切り身でふたをして、桜の葉の塩漬けをのせ、蒸気の上がった蒸し缶に入れます。途中酒をふり、最後に貝割れ菜とゆずをのせて蒸し上げます。
淡白な白身に包まれたたたき芝海老がしんじょう風に、そして蛤からも充分に旨みが出て、シンプルながらも実にご馳走感のある、品のいい料理に仕上がりました。好みでポン酢をつけてどうぞ。ただ、桜の葉の香りが強いので、いただくときには、葉ははずして、残り香を楽しむにとどめたほうがよさそうです。


伊勢海老とオマール海老の具足煮
次は贅沢に伊勢海老とオマール海老を使った具足煮です。具足煮とは、古くからある漁師料理で、伊勢海老を殻ごとぶつ切りにして、酒、しょうゆ、みりんで煮込むのが一般的です。伊勢海老の硬い殻が武具のすねあてに似ていることから具足煮と呼ばれるようになりました。今日は、オマール海老も加えた贅沢なアレンジバージョンです。面白いのは、伊勢海老はまぎれもなくイセエビ科ですが、オマールはザリガニ科。広い意味での甲殻類、厳密には海老の仲間ではありません。ただ、身質や食べ方は非常に似ており、遠くて近い親戚という感じでしょうか。
さて作り方ですが、伊勢海老は頭を落とし、縦半分に割り、みそを残したまま5〜6等分のぶつ切りにします。オマールは頭とはさみを除き、同じく縦半分に切り、ぶつ切りに。酒、みりん、醤油を沸かした中で、10分ほどぐつぐつと煮ます。煮上がったら、手で殻をはずし、しゃぶりながら、おいしいところを残らず食べましょう。ぷりぷりと締まった身、濃厚なみそ、こくのある煮汁! いやはや贅沢な具足煮です。それにしても、煮汁は決して甘くないのに、これだけ滋味深いのはなぜゆえか?と聞いてみたところ、「うちの煮物のつゆは、魚を煮るたびに、継ぎ足し継ぎ足しして、使い続けているから」と杉山さん。たくさんの魚のエキス、旨み分が溶け込んで、えもいわれぬ旨みが出ているのでしょう。調味料だけではとてもここまでの味は出せません。しかしながらプロの仕事だからしょうがない、と、あきらめるなかれ。家庭で煮魚を作ったときの煮汁をこして、製氷機などに入れて冷凍。次に魚を煮るときにキューブを足せば、ぐっと風味が増すはずです。光物以外なら、どんな魚でもOKだそう。ぜひお試しを。


握りの花形車海老
 ぴんと背筋の伸びた、目にも赤色があでやかな車海老は、まぐろと並ぶ寿司屋の花形です。下ごしらえを見せていただきました。串を打った海老はぐらぐらと煮立てた湯で5分ほど、一気に強火でゆで上げ仕上げにびっくり水をさします。これによって、すっと色が鮮やかになるのです。水にとってざるに上げ、殻をむき、塩少々をまぶし、5分たったら酒、しょうゆ2〜3滴を落としてそのままおきます。海老の甘みを引き出す、この微妙な塩加減こそは勘と年季がものをいいます。それにしても、改めていただく寿司幸の車海老の握りのおいしいこと。寿司飯の加減ともぴったりです。


おぼろの軍艦巻き
 これまた江戸前寿司の古典的な仕事です。芝海老は殻をむいて背わたを取り、みりんと水を同割りで合わせたものの中でさっとゆで、身をすりつぶします。すった海老を鍋に移し、ゆで汁を少しずつ戻し入れてゆるい状態にし、さらに砂糖と卵黄を加え、鍋でいり上げます。と、文章にするといとも簡単ですが、その手間のかかること、かかること。炒りながら、次第に芝海老が淡いサーモンピンクのような色合いに変わっていくのを眺めると、「おぼろ」という優しく、美しい名前がよく似合うのがわかります。


滋味あふれる味噌汁
具足煮のときに残した伊勢海老やオマールの頭、そして、寿司にした車海老の残りを中火で20分以上煮だしてこし、濃厚なだしをとります。これを鍋に移して火にかけ、新たに、ぶつ切りにした海老の身、椎茸、ねぎの小口切りを加えてさっと煮立てます。味噌を溶き入れればできあがり。器によそい、三つ葉とゆず皮を添え、一味唐辛子を少々。えもいわれぬコクと豊かな味の広がりがある味噌汁となりました。思わずため息が出てしまう、五臓六腑にしみわたる味とは、まさにこのことです。


鯛茶ならぬ鮃茶漬け
最後のひと品は“平茶”。昨今すっかり鯛茶ブームですが、今回は、鮃をぐっと厚めに切って、リッチなお茶漬けに仕上げました。これはぜひ覚えて、お酒の後などにお客様に出してみたい品です。
まず、ごまだれを作ります。白ごまを炒って、すり鉢ですります。7分通りの粗すりになったら、1/3量をとりおき、残りはねっとりと油が出るまですります。一人分で、ねっとりごまを中さじ1杯、粗めを中さじ1/3杯、醤油を大さじ1、煮きり酒に1/20量のみりんを加えたもの大さじ1を混ぜ、さらに先ほどのアラ汁でとりおいただし少々でのばして仕上げます。厚切りにした鮃にたっぷりからめ、一味を少々、ご飯とさっとあぶった海苔と、わさびを添えてどうぞ。まずはお茶をかけずにご飯にのせて、次にやや渋めに入れたお茶をかけていただきます。余すことなく鮃の旨みを堪能した食事を締めくくるには最高のひと品です。


ダイエットの味方に、そして生活習慣病予防に

海老は一般的に低脂肪、低カロリーなのに、良質なたんぱく質をたっぷり含む、ダイエットにも最適の食品です。独特の甘みもベタインというたんぱく質を豊富に含むから。加熱すると赤くなるのは色素たんぱく質が変化するため。血液中のコレステロール値を下げるタウリンも豊富で、殻ごと食べられる海老にはカルシウムやキチンキトサンの摂取も期待できます。というわけで、いいことずくめの海老。海老好き国民の名にかけて(?)、せっせと食べようではありませんか。



小松宏子


writer's eyes

海老……腰の曲がった姿、長いひげ、そんな風貌から海の翁として珍重されたがゆえの名前です。海老の旨みや栄養価の高さに気づいたのは、きっと太古の昔のことでしょう。その頃から繰り返し食べてきた味覚の記憶がDNAに刷り込まれているのか、日本人の海老好きは世界一とか。確かに、寿司や日本料理はいうに及ばず、海老フライから中国料理、イタリアンにフレンチと、海老ほど、料理のバリエーションが無限大に広がるものもありません。海老がなければレパートリーに詰まるシェフいえシュフ(主婦)も多いことでしょう。
お寿司屋さんにおいても同様、海老がなければ、営業できないかもしれません。握りもさることながら、おぼろ、卵焼き……。過日、寿司幸さんに取材でお世話になったとき、若いスタッフが、煎り上げたおぼろをすり鉢で丹念にすっているのを見ましたが、1m以上あるすりこぎを使っているのには驚きました。長い方が力が入るのですかと聞くと、そうではなく、毎日すっていると、長いすりこぎがどんどん短くなるので、最初は長いのを使うのだそう。それだけの手間と労力がかかったおぼろの尊いおいしさには説得力があります。ちらしや太巻きはもちろん、車海老の握りにはさんだり、かすごの握りにかませたり、おぼろは江戸前の寿司にはなくてはならない名脇役。いつまでも芝海老が獲れるきれいな海と、江戸前の仕事が残っていくことを祈るばかりです。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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