2005.7.13号




 第十四話 穴子(あなご)

 江戸前の寿司ねたとして、欠かせない穴子。とろけるようにやわらかく煮上げたそれを、ふっくらと形よく握り、艶やかなツメを塗って仕上げた握りは、まぐろ命という寿司好きでも、後ろ髪ひかれる、そんな異色の魅力を持つ一貫です。
 今日の穴子は最上とされる小柴沖で揚がったもの。いわゆる江戸前です。全長30cm、重さにして200g。旬は夏ですが、今年は例年より水温が低いのか、現時点では若干生育が遅れていると、杉山さん。これから盛夏にかけて、まだまだ太って脂がのってくるのだそう。とはいえ、実に美しい穴子です。

寿司幸本店


穴子の下ごしらえ

これだけは素人には真似できません。うなぎと同様、頭に串を打って固定して一尾を割き、内臓と骨を除きます。黄色っぽくつやつやとした肝は、鮮度のよい証。これは後ほど使うのでとっておきます。割いた身はていねいに塩もみしてぬめりをとり、さっと洗ってざるにあげる。これで準備完了。



穴子の頭を焼いてだしに
まずはじめに突き出しとして出されたのが、なすとズッキーニの煮物です。きゅうりのように見えるこれ、実はズッキーニなのです。一見変哲のない夏らしい小鉢に、「今日は野菜の煮浸しから?」、いえいえ、そんなことはありません。これも立派な穴子の一品。割いた時にとっておいた穴子の頭を、きれいに洗ってこんがりと網で焼き、ことこと煮出してだしをとり、塩と醤油ごく少々で薄めに味をつけ、輪切りにしたズッキーニと皮をむいたなすをじっくり煮含めます。軽く冷やしてだしごと器に盛り、ふり柚子で香りを少々。ほのかに甘やかな、実に品のいい穴子のだしと、夏らしいなすとズッキーニのひんやりとした食感がよく合って、なんとも粋な一品になりました。ズッキーニの代わりに、冬瓜などで応用してもおいしいでしょう。

至福の一杯を選ぶなら…


カリッと揚げた骨をムルソーに合わせて
次に登場したのは穴子の骨をからりと揚げた骨せんべい。前々日に割いた穴子の骨を取り出し、きれいに掃除をして塩水で洗い、冷蔵庫に一晩おき、乾かします。さらに半日ほど風干しにしたものを低温の油でじっくり揚げ、最後は温度を上げてからりと仕上げます。芳しい香り、ほどよい塩加減、カリッと歯にあたる、細くしなやかな食感・・・思わず、1つ、2つと手がのびます。骨せんべいといっても、これだけ手のかかった穴子のそれは、“とりあえずビール”のおつまみを超えて、繊細なムルソーにぴたりと呼応。幕を開けたばかりの穴子の宴に、いよいよ期待が高まります。



つけ焼き穴子の酢の物
続いての小鉢は穴子のつけ焼きとわかめ、きゅうりの酢の物です。うなぎといえば、うざくがよく知られるところですが、これはいわば、うざくの穴子版。うなぎも穴子も、きゅうりとの取り合わせが抜群です。やはり、夏が旬の素材同士、相性のよさが呼び合うのでしょう。つけ焼きとはいったん白煮した(ゆでた)穴子に焼き物のたれを塗って、こんがりと焼き上げる手法のことです。連載“魚&肴”の中ではたびたび焼き物のたれが登場しますが、これはうなぎのたれのようにずっと使い回しているもので、調味料を合わせただけのものに比べるとぐっと旨みが増しています。同じ味は求められませんが、自分で作るのであれば、酒2:みりん1:醤油は色をつける程度の少量、で合わせます。これをいったん沸かし、塗りながら焼き上げます。そして、割いたときにとっておいたうなぎの肝を酒2:みりん2:醤油1で:合わせたたれで煮つけます。出会いもののきゅうりとわかめをさっと二杯酢で和えて器に盛り、一口大に刻んだ付け焼きの穴子と、煮た肝を散らします。


白焼きにキャビアを合わせる贅沢
いよいよ穴子の調理の一つの王道ともいえる白焼きです。白焼きといえば、割いた穴子に串を打って塩をし、そのまま焼くものなのだとばかり思っていましたが、下準備を注意して見ていると、何尾かを竹串で長方形に留め、鱧のように、スッスッと骨切りをしているのに気づきます。聞けば、皮のすぐ横の部分などに、ごくわずか、歯にあたる骨があるからだそう。骨切りがマストではないけれど、寿司幸本店では必ずその手間をかけてから塩をして、直火で焼き、一口大に切って盛り、わさびを添えて出すのです。そして、なんと、あとから添えられたもう一つの小鉢にはキャビアがこんもりと。白焼きといえば、わさびと塩でいただくのが定番ですが。うーん、なんという贅沢。キャビアの濃厚な旨みと塩分が、さっぱりと焼き上げた品のいい穴子にどれほど合ったことか!実はこれ、天然鰻で知られる「野田岩」さんで、時折鰻の白焼きに添えられる、とっておきなのだそう。あちらもワインへの造詣の深さはよく知られるところ。世の中には知られざる贅沢があるのですね。こちらの穴子バージョンでは、 ワインも2本目のムルソーが登場して一層盛り上がります。より複雑な香りと味わいを有する、ボリューム感のある一杯が、口中で“アナ&キャビ”の旨みと重なり、至福のときを刻みました。
白焼きというと、まさに穴子の質が問われる一品。杉山さん曰く「ぷっくり太ってて、間抜けな顔をした奴のほうがおいしい」と。人間でも顔つき、身体つきと性格が関係があるように、穴子もポワンとしていて、僕食べるの大好きというような奴のほうが、身がやさしい味になるのかもしれません。もう少し暑くなって脂がのるとさらに美味とのことですが、どうして、今日の穴子もちゃんと(?)間抜けな顔をしていました。


穴子のだしで鍋を仕立てる
 そしてちょっと趣向を変えて、続くは鍋。先ほどの穴子の頭を煮ただしを鍋にはり、やや強めのあたりで調えます(醤油も塩もやや多めに加えるとういこと)。そして、前日の残りの硬くなった煮穴子を加え、白菜の葉の部分や春菊など柔らかくて短時間で火の通る野菜を添えて、さっと含めます。この時期、甘みのある新玉ねぎなどを加えてもいいでしょう。本来「前日の煮穴子が余ってしまい、硬くなったから鍋にでも」という話ですが、家庭で楽しむには、百貨店などで売っている焼き穴子で充分。だしも、穴子の頭を焼いてというわけにはなかなかいきませんから、かつおだしでもかまわないでしょう、と杉山さん。この鍋は主役をはるというよりも、むしろコースの途中でリズムを変えて、椀代わり、箸休めとして楽しむもの。小鍋仕立てにして出しても粋ですね。


天ぷらの極意を探る
 そして、穴子といえば、もう一つの王道が天ぷらです。でも、ここはお寿司屋さん。それも超がつくほどの正統派の江戸前。天ぷらをどうやって…、いえ、心配は無用。ここで、杉山さんの友人の、天麩羅「一宝」のご主人、関 勝さんの登場。「一宝」といえば関西天麩羅の雄。さらりと軽い揚げ上がりは右に出るものなし。昨秋、東京駅八重洲口のお店を銀座の交詢ビルに移してリ・オープン。ますます好調です。さっそくその極意を見せていただきました。
卵は卵黄のみを使用。まずこれを冷水で溶き、卵水を作ります。割合にして卵黄1個、氷水2〜2、5カップといったところでしょうか。それに、ほぼ同量の小麦粉(2カップ強)を入れて軽く混ぜます。表面には、まだたっぷり、水気を含まない粉が浮いている状態、ほんとにこれでいいのかしらと不安になるほど混ぜません。そこへ割いた穴子をやや低めの温度に熱した油の中へ。それだけ。4〜5分かけてしっかり火を通し、最後にやや油の温度を上げてからりと揚げます。揚げ上がりはご覧の通り。油もいわゆるサラダオイル。粉も日清製粉の薄力粉のみ。種もしかけもありません。もちろん、その道数十年の腕のなせるワザゆえではありますが、あの衣の溶き方は、家庭での天ぷらのヒントになるはず。さっそく試してみたいものです。一口大に切って盛った天ぷらに、大根おろしと天つゆを添えて、いただきます!が、この天つゆにもワザありなのです。天つゆといえば、だし4:醤油1:みりん1で合わせるのが常ですが、これは穴子の煮汁にだしを加えてのばし、さらに醤油などで味を調えたもの。ほろりと甘い穴子の揚げ上がりが一層際立ちます。

至福の一杯を選ぶなら…


江戸前のワザを堪能
これにて中締めで、最後は江戸前寿司の醍醐味を存分に見せていただきました。寿司屋で穴子を使い始めたのは1800年代も前半であろうと杉山さん。割くという技術が開発されてからのことだそう。それまではもっぱら筒切りにして煮ていたのではないだろうか、という推測です。これだけ栄養価もあり、江戸前の近海に生息してきた魚を、命の恵みに貪欲な先人たちが見逃すはずがないですから。
まずはぎりぎりまでやわらかく煮た穴子を、ツメと塩の握りで。宴の最後に、江戸前の仕事の代表でもある、穴子の煮方を習いました。割いた穴子は包丁でこそげて、ていねいにぬめりを取ります。ぬめりは臭みのもとになりますから。穴子の煮汁はもちろん、何回も何回も使い継がれたもの。これを再度、酒、みりん、醤油でやや甘めに調えて沸かし、穴子を入れて、落し蓋をして中火で10〜15分、火を止めてそのまま10分おき、しっかり味を含めます。穴子の状態によって、時間も味も微調整しますが、基本はこの通り。ツメは煮上った穴子の煮汁を何回分か貯め、さらにみりんなどを足してとろりと濃度が出るまで煮詰めたものです。握りの塩もツメも選びがたいおいしさ。特に口中でほどける穴子の食感とツメの甘みとメルキュレの相性は、こたえられません。
そして締めにはさっぱりとアナキュウを。きゅうりと穴子の相性に関して、今回も検証ずみですが、それにしても煮穴子のまろやかな甘みと、さっぱりと瑞々しいきゅうりは、誰が始めたか、最高の出会いもの。やっぱり江戸前って偉大だな、と先人の知恵に感服しつつ、一方、それにフランスの極上のワインを合わせられる今の日本、そして、ワインとの相性を追求し続ける寿司幸本店主人・考杉さんに感謝しながら、宴は続くのでした。


銀座・寿司幸&きれいねネットの“魚&肴会”が発足します!

旬の魚料理とワインとの組み合わせをご紹介する連載「魚&肴」もおかげさまで、
今回の<穴子>で14回目を数えるまでになりました。
旬の魚情報を【読む】だけだった「魚&肴」から【食べる】「魚&肴」に。
目から鱗の絶品料理を楽しむ会、“魚&肴会”を発足しました。
あなたもこの機会にぜひ、銀座老舗・寿司幸本店の味をご堪能ください。

第一回「魚&肴の会」はおかげさまをもちまして、大盛況で終了いたしました。





小松宏子


writer's eyes

  夏といえば、うなぎ。夏バテを防ぐ食品の代名詞のように言われますが、どうして、穴子もなかなかのつわものです。まず第一に、魚特有の脂肪、EPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)を非常に多く含みます。これらには血液の循環をよくし、血中のコレステロールを減らす働きがあります。また、老化の原因となる過酸化脂質ができるのを防ぐビタミンEも豊富。さらにうなぎ同様、美肌には欠かせないビタミンAも潤沢です。にもかかわらず、嬉しいことにカロリーはうなぎの約半分! うなぎが身体にいいのはわかっていても、カロリーが高いのが…、と二の足踏んでいた人には朗報。この夏は穴子で夏バテ知らず&きれいなる、といきたいものです。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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