2005.9.14号




 第十五話 鰯(いわし)

 今やすっかり高級魚に昇進した感のある、鰯。今晩のおかず何にしよ、そうだ鰯!っと思っても、なかなか買えないのが現状です。ジュンッと脂を落としながらの塩焼き、鮮度がよければ刺身に、梅干や生姜と煮る懐かしい味も・・・と、魅力に満ちた鰯。「鰯を握るようになったのはごく最近のこと。寿司にするまでもない大衆魚だったんでしょうね」と銀座寿司幸本店の杉山さん。鰯をつみれにといった定番の技は、これまでも多くの専門家が競って教えてきたこと。だから今回は、くせも含めて鰯の身質を生かすことを念頭におきつつ、新たなるアレンジメニューのお披露目です。

寿司幸本店


日本人に馴染み深く便利な真鰯

 資料によれば、鰯といってもその仲間は多様で、世界では330種あまり。日本近海でとれるものでは、マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシが主。生食で、また加工品となって、これらの鰯がいにしえの昔から、私たち日本人の血となり肉となり続けてきました。日本でよく食べられるのが、たった3種ですから、残り327種の鰯はどんな姿形をしているのか・・・。
3種の中でも、煮たり焼いたり、また時に生で、調理に用いるのはほとんどが真鰯です。大きさによって、大羽、中羽、小鰯などと呼び分けます。今日の2種は大羽とちょっと大きくなった小鰯というところでしょうか。「本当はもうちょっと小さいのがよかったんだけど、小学校3年生くらいのね。これは中学1年くらいかな」と杉山さん。いずれも、銚子で揚がったものです。「鰯は直前に仕込みをしなければならないものが多いから大変」と、せっせと手を動かします。こうした背の青い魚は、おろすそばから劣化していくので、美味しくいただこうと思えば、事前に下ごしらえをしておくことができないのです。そういう意味では大変に贅沢な魚ともいえます。



鰯のマリネ
まず一皿目は、グレープフルーツの果汁を加えて爽やかにマリネした、小鰯の刺身。ほろ苦い酸味と合わせて鰯を引き締め、さらに果物との取り合わせを楽しむモダンなアペタイザーです。小鰯は、おろして塩をして約20分おき、軽く水洗いしてざるに上げ、水気をきります。これを深めの器に並べ、生酢をまわしかけ、さらにグレープフルーツの果汁を絞りかけ、マリネ。10分たったら、皮をむきます。この皮むきがいささか大変。根気を出して、ていねいにむくしかないそうです。
「鯵にはオレンジの果汁がよく合うのですが、鰯にはなぜかグレープフルーツ。もともと持っている、鰯のほろ苦さとの相性がいいのでしょう」と杉山さん。薄切りにした桃とパパイヤの上に一切れずつ鰯をのせ、わけぎを少々。しょうゆの代わりに、梅干の塩分を添えて、すっきりといただきます。ました。ズッキーニの代わりに、冬瓜などで応用してもおいしいでしょう。

至福の一杯を選ぶなら…


鰯のなめろうを銀座仕立てで
「鰯のくさみといっても、鮮度がよければ気にはならないもの。むしろ持ち味でもあるそうしたくせを、積極的に生かして楽しみたい。そのためにも薬味との取り合わせが大切」とも。ここでご紹介するなめろうは、元来漁師の料理で、鯵で作るのが一般的ですが、それを鰯に応用。3枚におろした大羽鰯の身を刻み、大葉、エシェロット、おろししょうがなどの薬味を、たたきながら少しずつ混ぜこんでいきます。その上に味噌をちぎって少しずつのせ、しょうゆ少々をまわしかけて、さらにたたいていきます。と、これだけでも十分においしいのに、ここからが銀座の寿司店の本領発揮。器に盛ってから、ごく薄い甘酢と、LISをたらーり。漁師の料理であるなめろうが、銀座のなめろうにおめかしです。なんとも複雑、豊かな味わい。もちろんLISとの相性抜群の、洒落たワインの肴となりました。



鰯のバル・スタイル
次に供されたのが、焼き物。といっても塩焼きではなく、バターソテーです。大葉鰯を3枚におろして半分に切り、塩と小麦粉をふり、バターでこんがりとソテー。軽くトーストしたフランスパンに重ね、市販のタコソースに青唐辛子の刻んだものを混ぜたものをのせ、トッピングはホットドッグのレリッシュ。ここはスペインバル?と目を疑うような楽しい一品ですが、ワインが進むこと間違いなし。


うるめ鰯と野菜の煮物
さらなる一品が、なんともまたグローバルな味の、うるめ鰯の丸干しと野菜の煮物でした。使っている素材や調理法は日本のものなのに、どこか、鰯入りミネストローネのようなと優しい甘みのある味わいなのです。
作り方は、まず昆布とうるめ鰯をコトコト煮出しただしに、酒としょうゆ各少々を加えて薄味に調え、キャベツ、じゃがいも、赤ピーマン、とうもろこしなど、甘みの出る野菜をたっぷり加えて、さっと煮ます。そのあとに頭をとった丸干しのうるめ鰯と、上質な煮干しを加えて、コトコトと。丸干しが柔らかくなったら塩と薄口少々で味を調えて完了。野菜と丸干しを器に盛り合わせ、取りおいた丸干しを細かく刻んでトッピング。いわばアンチョビーをトッピングする感覚です。「うるめ鰯の生臭みもほろ苦さも味のうち」と杉山さん。こんな複雑な旨みを有する煮物をの発想はどこに?と聞けば、「鰯ってキャベツと合うというイメージがあるでしょう」と杉山さん。確かにキャベツとアンチョビーのパスタといえば、美味パスタの定番ですが、元来の日本料理に、キャベツと鰯という取り合わせなかったはず。それなのに、その素材の取り合わせの魅力を普遍的なるものとして、日本の料理に応用するとういアイディアはさすがです。かつ、生の鰯が手に入らなくてもできる、手軽な一品ですから、ぜひ、試してみてください。


鰯天そうめん
日本の食文化における、煮干のだしのおいしさを、従来の正統派の形で伝えているのが、こちらの一品です。煮干と昆布を20〜30分コトコトと煮出しただし5に対してみりん1、醤油0.8で合わせてひと煮立ちさせ、品のよい麺つゆに仕上げます。煮干とは、カタクチ鰯や真鰯の稚魚を、文字通りゆでてから天日で干したもの。鰹と昆布のだしに比べて深いコクが出るのが特徴。ですから、吸い物よりも麺つゆに煮干は向いています。
具となる鰯の天ぷらは、小鰯をおろしてから、衣をつけて揚げたもの。天ぷらの極意は、前回の穴子の項を参照してください。実は、今回は一宝さんの指導のもと、杉山さんが揚げ手となりました。さっくり、かりっとふくらんだ揚げ上がりも完璧。火の通りやすい海老に比べて、揚げ時間のかかる鰯は、やや低めの温度の油でじっくり揚げるのがコツだそう。かためにゆでたそうめんに麺つゆをはり、揚げたての鰯をのせ、青唐辛子をのせてできあがり。青唐辛子のぴり辛が全体を爽やかに引き締め、するすると喉を通る逸品となりました。


鰯の握り二種
本日の宴(いや、勉強会)もたけなわ、いよいよ握りの登場。まずは酢〆の一貫です。大羽鰯をおろし、強めに塩をして30分、いったん洗い流してから生酢で1時間。しっかり〆た鰯を軽く骨きりしてから握ります。骨を除いていても、多少は口に当たるから、とう銀座寿司幸本店ならではの気遣いです。上にわけぎの小口切りをのせ、最後にグレープフルーツの果汁を少々絞って、完成。脂ののった大羽鰯の身がキリッとしまって、なんとも精悍、口中が洗われるようです。
もう一貫は。小鰯をおろして、氷水でしっかりと締めたもの。本当にそれだけ、塩も酢も使いません。その締めた身を形よく握り、グレープフルーツを一絞り。口へ運べば、至福の旨みが広がります。鰯って、こんなにも上品でとろけるような旨みの持ち主なのだと。カラクリというわけではありませんが、氷で締めることで締まった鰯の油分が、口の中で温度が上がることでゆっくりと溶け出し、甘みに代わるのです。またグレープフルーツの酸味で、もともと持っている鰯の塩分が引き出されるのか、煮きりも塩もないのに、ほのかな塩分が感じられ、口の中で見事なハーモニーを奏でました。


韓国風、鰯の煮物と海老ときのこ汁
そして最後の品、これがまた大ワザです。鍋に昆布を敷き、頭を落として、内臓を出した鰯を並べ、山ほどの生姜の薄切りで覆い尽くすようにふたをし、水だけを加えて煮、途中、水分を補充しながら煮、そのまま冷まします。二日目には酒をひたひたに注いで煮、韓国産の粉唐辛子をたっぷり入れて、半日煮ます。鰯が骨までやわらかくなったら、再度唐辛子を加えて煮上げます。なんとも手間と時間をかけたこの料理は、韓国の方に習ったものなのだとか。本来は薄切りにしたにんにくで覆い尽くすのだけれど、ここはすし屋。しょうがに替えての挑戦です。
そして汁の準備も始めます。伊勢海老や車海老の頭、白身魚のあら、昆布を煮出してだしをとります。その間に、アガリスク(この、漢方薬でしか聞くことのないきのこ、見た目は大きなマッシュルーム。薄切りにした味わいも、シコシコとして、まるでマッシュルームのよう)、マッシュルーム、えのき、なめこ、椎茸などのきのこ類を大きいものは適宜刻み、だしに加えてゆっくり煮ます。きのこも充分に柔らかくなったら、味噌を溶き入れ、味を調えます。器に盛り、香ばしく焙った畳鰯を崩して、トッピングに。さきほどから、じっくり煮ている、骨まで柔らかくなった鰯を小皿に添えて、ごはんも添えれば、しめくくりの一汁三菜。その複雑で豊かな味わいの汁は、ひと口含むと、驚きのあまりに声が出るほど。じっくり煮た鰯と交互に食べると、初めてなのに、どこか懐かしく、もっともっとと、人を引きつける力を持つ不思議な味でした。特別な調味料を加えているわけではなく、いくつかの食材を組み合わせることで、ここまで奥行きのある味を表現できるという、杉山さんの発想には脱帽です。1+1+1が時に5にも10にもなるのだと、食材の持つはかり知れない力を思い知らされずにはいられません。


鰯を巡って、日本から韓国、そして地中海まで、一息に旅をしたような今回の魚&肴の会。どの一皿からも、鰯が世界中で愛され、人類の栄養源として欠かせないのものであったこと、そして食文化、味覚の形成においても、要となる存在であったことがよくわかります。そしてどの鰯も絶品ですが、やはり氷水でしめただけの鰯の握りと、キリッと酢をきかせた鰯の握りは白眉。今回の旅は、鰯の魅力を改めて知ると同時に、寿司が世界に君臨する所以を知る旅ともなりました。


小松宏子


writer's eyes

 世界中で最も幅広く食べられている魚といえば、鮭かもしれませんが、人類への貢献度でいうと、鰯は間違いなく筆頭格でしょう。 
鰯をよく食べる国、つまり、海に囲まれた、地中海沿岸の国々や、南米の一部、また韓国などは、いずれも食に対する文化水準が高く、味覚に優れているというのは勝手な思い込みでしょうか。いや、気候風土の類似から日本に共通する味覚を持つ、だからこそ、日本人からみて美味しいと感じ、また親しみを持つのでしょうか。アングロサクソンやゲルマンの国々はその逆? どうもそんな気がしてなりません。
しかし、鰯を常食しないUSAでも、流行に敏感なNYなどでは、鰯など青魚への関心も高まっています。先日訪れた、「CRU」=生という意が店名のモダン・アメリカンキュイジーヌ・レストランでは、アペタイザーに、サーモンから鯵、コハダ、鰯まで、メニューにずらりと魚の名前が10種以上並んでいました。好みの魚を選ぶと、それぞれに、一工夫のあるマリネされた生魚が供される仕掛けです。この手は×な場合が多いので、恐る恐る口にすると、これが意外にイケたのです。ひさしぶりに訪ねたNYでしたが、3年のうちに魚の扱いも進化したようです。スタッフが、これらは築地からとさかんに自慢していました。今やNYでは築地はステータス。まぐろの次は青い魚を好きというのがスノッブ、そんな感じもうけました。鰯が受け入れられたということは、先ほど私が勝手に描いたグルメ地図に、一歩近づいたのかもしれませんね。



◆銀座・寿司幸&きれいねネット、第一回“魚&肴会”のご報告 ◆
きれいねネットの看板メニュー 連載「魚&肴」・・・
そのお料理とワインを実際に味わうことができる“魚&肴会”第一回目が
羽田空港ターミナル内にある「京膳」で開催されました。
その時の楽しかった模様を詳しくお伝えいたします。

http://www.kireine.net/campaign/sakana/anago.html



■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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