2006.4.12号




 第十八話 貝(かい)


銀座すし幸本店のつけ台の奥に山盛りになった、貝、貝、貝・・・・。寿司屋には欠かせない赤貝から、万能選手の帆立、高貴な味わいのミル貝、居酒屋派のしったか貝・・・初めて耳にする石垣貝という貝まで、そろいも揃って16種。
ずずーいと端から端まで食べ尽くす、貝の会の始まりです。「貝は何といっても、手をかけずにシンプルに食べるのが一番」と主人・杉山さん。貝そのものの味わいや食感を食べ比べるというのが、今回の趣旨になりそうです。
寿司幸本店




楊枝でくるりと引き出す、しったか貝
まずトップバッターはしったか貝。居酒屋で楊枝でつついて取り出しながら食べては飲みと、楽しんだ経験は誰しもあることでしょう。調理法はいたってシンプル。水に昆布少々と、酒、しょうゆ、生姜各少々を加えて調味し、しったか貝を入れて火にかけ、沸いたら3〜4分。巻貝の回転に沿わせて回しながら、くるりと楊枝で取り出すのが最高です。



とろけるような肝を持つバイ貝
巻き貝の仲間のバイ貝。こちらはしったか貝に比べて3倍くらいの大きさですが、調理法はしったか貝と同じ。同様に調味した水でゆで、火が通ったら取り出します。あさりやハマグリのような二枚貝は、口が開くことが、火が通った証ですが、この手の巻き貝の目安は?「きゅっと閉まっていたふたがやや開いてくればOK」だそう。
こうした巻き貝は、一様に身の奥に肝がつながっており、この身と肝の間に必ず砂がかんで(たまっている)います。だからまずそこに包丁を入れてざらざらした部分を除き、一口大に切り分けます。ほのかな甘みと苦味を含んだ身の充実はもちろん、レバームースのように、きめが細かくなめらかな肝のおいしさは特筆もの。驚きです。肝のほろ苦さとノーマルのソーヴィニヨン・ブランがよく合います。


サザエはやっぱり壺焼きで
そして、懐かしいサザエの壺焼きです。コリコリとした歯応えと強い磯の香りと清々しい肝の苦味が相俟って、独特の存在感のあるおいしさを呈するサザエ。旬は夏ですが、20cmはあろうかという見事な今日の品は千葉産。
サザエといえば、やはり壺焼き。これは家で作ってみたいという人も多いのでは。まずは、殻ごと網にのせて直火にかけます。貝に半分くらい火が入ったところで(泡がぶくぶくと出てきたくらいのところ)いったん火からおろしてふたのすきまからナイフを入れ、壁に沿ってナイフを回しながら、殻の内側にはりついている貝柱をはがすようにして、身を取り出します。同じく肝と身の間の砂を除いてから一口大に包丁し、殻の中へ戻して日本酒少々を注ぎ、再度火にかけます。よい香りがしてふつふつと煮立ってきたら、最後にしょうゆ少々を落として風味づけ。家庭で扱う小ぶりのサザエであれば、これに刻んだ三つ葉など入れて、そのまま食卓へ。今回は、これほどに立派ゆえ、身を小皿に取り分けて出していただきました。


マテ貝のしょうゆ炒り
ちょっと毛色が変わったところで愛知産のマテ貝り。大体どの貝もグループがあるように見受られるますが、この形だけは単独。どこにも属さない一匹狼の風貌です。貝殻は薄く、身をはさむ形ではりついています。その片側の殻をはずし、鍋に入れ、酒を霧吹きで吹いてから、醤油少々で炒りつけます。独特の噛み応えが、どこか海の肉を思わせるコクのある味わい。にんにくとオリーブ油を使ってイタリアン風に、豆板醤など辛みを効かせて中華風に、と濃い目の味付けとも馴染みがよさそうです。このように、こくのある味わいには、同じソーヴィニヨンブランでも、樽がかかったものがおすすめ。リッチなフレーバーをつけるための樽香ですが、基本は加熱したものと相性よし、と覚えておくとよいそうです。


おなじみのぬたをトリ貝と青柳で
いよいよ寿司ねたでもおなじみのトリ貝の登場です。ペロンとした舌のような独特の形と先端の黒褐色の色が印象的です。熱湯にさっとくぐらせて、黒と白のコントラストを一層際立たせるのだそう。ところが、「戦前はこの黒を嫌ったのか、包丁で黒い部分をこそげ落とし、白いトリ貝にして握っていたんですよ」と杉山さん。白を珍重する、日本的な発想のあらわれでしょう。
まずは西京白みそ大さじ2、酢大さじ1、芥子少々を混ぜ合わせて酢味噌を作ります。せん切りにして水にさらしたうどときゅうりの上に、さっと酢で洗ってぶつぶつと切ったトリ貝を盛り、酢味噌をかけ、わけぎを添えてできあがり。トリ貝の品のいい食感と、ほのかな海の香りがご馳走です。
 同じく青柳も酢味噌でいただく定番のひとつ。青柳の場合はさっと甘酢で洗い、醤油少々で風味をつけて仕上げました。小柱と身を盛り合わせ、さっとゆでたわけぎをたっぷり添えているのはソーヴィニヨン・ブランがねぎなどの香草と相性がよいから。オレンジの色もきれいで、しみじみと春の到来を喜びたくなる小品です。


ウイスキーで“づけ”にして焙る、貝の焼き物  
お次は、趣向を変えて焼き物、ミル貝、ホッキ貝、帆立貝、ヒオウギ貝と比較的大ぶりで肉厚の貝で楽しむ調理法。ミル貝とホッキ貝は同じグループですが、ミル貝は見た通りに水管が大きく、長いのが特徴。もちろん身である中身も食べられますが、食べ応えがあるのは水管で、こちらが主役。逆にホッキ貝は、水管が小さく、身が大きいので、身を中心に食べます。
帆立とヒオウギ貝の貝柱も加え、下処理した貝類をブツブツと切って、醤油とシングルモルトウイスキーを半々で割ったものに漬け込み、20〜30分ほどおきます。いわば、シングルモルトの“づけ”。そして、直火でこんがりとあぶります。海の滋味をたっぷり含んだ貝に、シングルモルトのほろ苦みとカラメルのほの甘みがしみ込み、焼き目の香ばしさと一体になって、実に大人の味わい。ウイスキーのおかげか、貝自体の持つ自然の甘みが際立ちました。写真は順番に、ホッキ貝の身、ミル貝の肝、ヒオウギ貝をそれぞれ焼いたもの。くいっと歯応えのある身質の合間の、ふんわり柔らかいミル貝の肝が白眉でした。先の理論で、焼き物にはもちろん、樽を効かせたソーヴィニヨン・ブランが合うというわけです。
実は、ミル貝は原価で1ぱい数百円もする高級品ですが、白ミルとなると、わずかその10分の1なのだとか。姿形は似ているのに、そんなに味が違うのかと、半信半疑で口にしてみると、ホント! 白ミルは食べたあとに、どうにも泥くささが鼻に抜けるというか、口に残ります。「ね、1/10でしょう」という、杉山さんの言葉に納得でした。
最後に貝柱を除いた帆立は、肝、ひも、身をぶつ切りにして、殻に戻し、酒としょうゆを注ぎ、網の上で直火にかけます。しばらくして、いい香りが漂ってきたら、貝割れをふって、これぞ酒の肴といった風情。鮮度がいいから、肝やひものおいしさもひとしおです。


干し貝柱と野菜のスープ
次に杉山さんが見せてくれたのが、前の晩から水で戻しておいた15個ほどの干し貝柱。もどした汁だけを小皿にとって味見をさせてもらうと、それだけでおいしいこと!いかに干し貝柱に天然の旨みが凝縮しているかがわかります。出し用の素材としては恰好です。  
やわらかくもどった貝柱を細かく手で割き、もどし汁に水を加え、酒と昆布も加えて、ことこと煮ます。そこへ、細く切った鮪の背脂、椎茸の四つ割り、焙りものの貝をづけにしたときの漬け汁少々(なければ醤油でOK)で味を調え、しばらく煮ます。鮪の背脂は、沢煮椀に豚の背脂を入れるように、コク出しの役目です。ほどよく火が入ったら、うどのせん切り、にんじんのせん切り、貝割れも加えてひと煮立ちさせ、塩少々で調味。
ひと口含むと、ほーっと笑顔になるような、そんな品のいい優しい味のスープのでき上がり。この魚&肴の会では、お題の魚介のアラでだしをとってスープに、というのがひとつのテーマになっています。毎回、五臓六腑にしみわたる至高の美味に、馬鹿のひとつ覚えのごとく感心しているわけですが、この帆立スープの滋味は、今までのどの魚のスープとも違う、甘く、優しく、軽やかでかつ深い味。乾物だからでしょうか、えぐみや酸味、雑味といったものがほとんどなく、「柚子は要らないかな?」といった杉山さんの言葉通り、柚子なしで充分に美味でした。


真打ち、握りの登場
まずは赤貝。江戸前の握りのねたとしても、貝の中ではピカイチの人気もの。貝殻をこじあけると、たっぷりの血を含んでおり、その名も赤いから赤貝。予想にたがわず、鉄分も豊富です。今日の赤貝は名産地の誉れ高い上もの。その見事な大きさと、なまめかしいまでにキュッと締まった弾力のある食感と、海を感じさせる味わいはやっぱり握りの貝の王者。ソーヴィニヨン・ブランとも素直に合います。
続いて平貝。タイラギとも言われ、ホタテの貝柱に似ていますが、さくっとした独特の歯ごたえが特徴で、帆立に比べ、ずっと高級品。何しろ、平貝の全貌というのが全長30cmにも及ぶ、迫力の姿。こんなに大きくて、あれしか食べるところがないのかしらと驚きますが、身の部分はまったく食べるに値しないのだとか。
そして、やはり高級品、ミル貝の握り。やわらかでしなやかな身質が非常に上品。珍重されるのがよくわかります。
最後にいただいた石垣貝は、形としてはトリ貝の仲間。他の食べ物ではたとえようもないようなシャキシャキとした不思議な食感が印象的。そして、のりを食べているような、海藻、ヨウドの香り。まったく初めての体験です。といって、これをもう一度食べたいかというと微妙なところ。いや、生命の母、海はほんとに広いのだなと、感心しきりの会でありました。
「貝は、自然界に存在する食材の中でも、最も旨みの強い素材。なるべくその恵みを素直に生かすのが、おいしく食べるコツ。赤貝、青柳など、身の部分をストレートに食べる貝は、生、もしくは、さっと湯にくぐらせる程度で。トリ貝やホッキ貝など、水管も身も食べるような大きな貝は、直火で焼くなど、火を通しても、生もで美味。ホタテ貝やヒオウギのように、身よりもむしろ、貝柱が主役の貝は、貝柱は生でも火を通しても、残りの部分は加熱して、というのがセオリー。そして巻貝は全般的には火を通すことでおいしくなるものが多いといったところでしょうか」と杉山さん。いずれにしても、貝類はローカロリーで栄養価も高い、優れた食材。家で食べられる貝には限りがありますから、貝が豊富なこの時期、お寿司屋さんに行ったら、ぜひ、積極的に試してみたいものです。


小松宏子


writer's eyes

 こんなに一度にたくさんの種類の貝を食べたのは生まれて初めて。今後もきっとないでしょう。貝類はもともと好きな素材ですが、きれいに掃除された貝を目にすることはあっても、原型である、貝殻の形を知っているものといえばごくわずかだったことがわかります。普段口にする貝ですら、こんなにも多彩な形、色に満ちているのですから、いわんや、世界中の貝となれば・・・。海は生命の源という、神秘を思わずにはいられません。  
貝類といえば、ローカロリーで栄養豊富なことはもちろん、ビタミンB郡や、タウリンが豊富な点にも要注目です。肝臓の働きを助け、コレステロールの上昇を抑え、新陳代謝を促進するなど、いいことだらけ。その上、調理に手間がかからないわけですから、いうことなし。日頃からぜひ、意識して食べるようにしたいものです。


■取材協力/ 銀座寿司幸本店 主人 杉山 衛さん
  明治18年銀座に創業した、老舗寿司店の四代目。
古い仕事を守ると同時に、ワインと寿司のマリアージュなど、新しい時代の風を取り入れることにも熱心。
魚を見る目や扱いにかけてはもちろん、歴史やうんちく、栄養的な情報まで、幅広い知識を持つ。

2002年10月、丸ビルにも店舗を構え、若い女性の寿司幸ファンを増やしている。
(丸ビル店 03-3240-1908)



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