2002.9.11号




   秋の夜長。読書、ビデオ、ネットサーフィンとすることはたくさんあります。でも、現代のように明るい照明も娯楽もなかった遠い昔、人々は何をしていたのでしょう。彼等は空を見上げ、そこで繰り広げられる天体ショーを楽しんでいました。豊かな想像力で星々の物語を作り、月の満ち欠けに過ぎ行く時を知り、月食や流星が出現すれば、天変地異の前触れと恐れおののきもしたのです。
「天の海に 雲の波立ち 月の舟 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」
(いわし雲の波間に浮かぶ舟のような三日月が天の川を進んで行く)
万葉集には草花や四季、土地、恋などさまざまなテーマがありますが、4,500を超える歌のうち、月を詠んだものは200以上もあります。日々の暮らしの中で、夜空を眺めることを忘れてしまった私たちも、今宵は遠い昔にタイムスリップして、月に思いを馳せてみましょう。


月と太陽

 みずから強い熱と光を放つ太陽と、その光を受けて鈍く光る月。ギリシャ・ローマ神話で、アポロン(アポロ)が太陽の神、その妹アルテミス(ダイアナ)が月の神であったように、太陽は男、月は女、とも言われ、陽と陰を象徴するものでもあります。

 太陽と比べると、地味に見える月ですが、1月、2月のように暦の単位になっていますし、英語のmonthの語源はmoon、そして月にまつわる神話、伝説、迷信、占いが非常に多いことからも、人々の暮らしに深く関わって来たことがわかります。
 
 太古の昔、人々は太陽と月のサイクルから、暦を作りました。大きく分けると、月の運行をもとにした太陰暦(陰暦)、太陽の運行をもとにした太陽暦(陽暦)、そして二つを組み合わせた太陰太陽暦(旧暦)の三つがあり、現在、私たちが使っているのは西暦、新暦と呼ばれるグレゴリウス暦で、これは太陽暦です。
 
 しかし、明治時代になるまで私たち日本人が使っていたのは、中国で作られた旧暦でした。旧暦は、月と太陽の運行を組み合わせ、二十四の季節変化の目安を取り入れたものです。この季節変化の目安は二十四節気と呼ばれ、立春、春分、立秋、大寒、などの節気の名前は今でも使われています。新暦と異なるのは、3、4年に1度、1年が13ヶ月ある年があることです。13番目の月は「うるう月」と呼ばれ、月の公転周期約29.5日と太陽の公転周期約365日とのずれを調整するためにもうけられました。太陽が主に農耕、つまり生産や労働のために使われたのに対し、月はより人間の暮らしに密着していました。月は日々形を変えて空に浮かんでいます。紙に書かれた暦がなくても、人々は月を見れば、今日がいつなのか知ることができたのです。
 
 「月で今日を知る」。それは自然との共存です。その点で言うと、太陽にだけ目を向けた現在の新暦は、人々の暮らしを自然から切り離したものと言えます。例えば、8月Augustがローマ皇帝アウグストゥスの名前であることからもわかるように、新暦は時の支配者たちが意図的に作ったものでした。ドイツの作家ミヒャエル・エンデは「モモ」で時間に縛られる人間たちを描きましたが、新暦もまた私たちを縛るものなのでしょうか。いま、旧暦やマヤ暦など古代の暦が関心をよんでいるのは、「ゆっくり生きたい」という人々の思いのあらわれなのかもしれません。



ミステリアスな月

 その昔、月は人間の生活に欠かせない存在であると同時に、危険な存在でもあったようです。ヨーロッパには、月の光を浴びると気がふれるという言い伝えがあり、「狂った」という意味の英語のlunatic、「狂気」という意味の英語lunacyも、Lunaつまり月から来ています。その恐怖が形になったのが、満月の夜、狼に変身して人や家畜を襲う狼男の伝説です。この伝説は、近年になって日本でも話題になった「犯罪と月の関係」の調査結果と関連がありそうです。「満月の日には凶悪犯罪が多く、半月の日には不注意による交通事故が多い」。つまり、満月の日には情緒が不安定になり、上弦・下弦の月の日には緊張感がゆるむ、と推測することができるのです。昔の人々は、満月の日の精神的な変化を体験的に知っていたのでしょう。
 
 月が生き物に及ぼす影響は、まだ科学的に解明されていません。珊瑚やウミガメは満月の夜に産卵すると言われ、海洋動物には月の影響が顕著に見られるという報告はあるものの、研究が進んでないのが現状です。しかし1970年代、アフリカ育ちの生物学者ライアル・ワトソンの著書「スーパーネイチュア」や、アメリカの精神科医A・L・リーバーの著書「月の魔力」がロングセラーになると、一般の人々の月への関心は一気に高まりました。特にリーバーの「バイオタイド」という仮説はセンセーショナルなものでした。海の満ち引きを生じさせ、地殻さえも引っ張っている月の引力は、身体の約70%が水分でできている人間の身体にも影響を及ぼしている、と彼は説明しています。その頃から、月の形だけでなく、月の引力や運行のサイクルが重要な要素として考えられるようになりました。

 天体と同じように、人の身体には一定のサイクルがあります。例えば、1950年代、ドイツの生理学者アショフが明らかにした人間の睡眠と覚醒のサイクルは、25時間。月の一日のサイクル24.8時間とほぼ同じです。また、女性の月経サイクルを平均すると、月の満ち欠けのサイクルと同じ29.5日なのです。月がとても近い存在に感じられませんか?女性は理屈よりも身体で月を実感しているのです。心身のストレスが、自然の状態に反して暮らしていることにも原因があるのだとすれば、身体のサイクルが作り出すリズムと月のサイクルが作り出すリズムに耳を傾ける必要がありそうです。
 
 最近では、月が及ぼす影響を知って、より美しく健康に暮らそうという書籍やウェブサイトがいくつもあります。例えば、オーストリア・チロル地方伝来の「月のリズム」による健康法(ヨハンナ・パウンガー著『月の癒し』飛鳥新社刊)、月の満ち欠けと地球からの距離の変化から割り出した「月の遠近ウェ−ブ」(星川芳人著『月の導くところ』主婦の友社刊)など。自分に合ったものを探してみてはいかがでしょうか。



月を観る、聴く、読む

月にまつわる映画、CD、本から、おすすめのものを選んでみました。

映画 『月の輝く夜に』(1987年アメリカ映画)
監督:ノーマン・ジュイソン
出演:シェール、ニコラス・ケイジ、オリンピア・デュカキス他
「満月は女に恋の魔法をかける。月の光には魔力が潜んでる」。
 満月の夜、あるイタリア系アメリカ人一家に起きた出来事を温かく描いたロマンチックコメディ。全編、ウイットと人間味に富んだシーンと台詞がちりばめられた傑作です。主演女優賞(シェール)、助演女優賞(オリンピア・デュカキス)、オリジナル脚本賞と3部門でオスカーを獲得。
 舞台はニューヨークのダウンタウン。7年前に夫に先立たれ冴えない毎日を送るロレッタ(シェール)は、幼友達のジョニー(ダニー・アイエロ)に熱烈にプロポーズされ、OKします。その直後、ジョニーの母親が危篤になり、彼は故郷のシシリーへ。その間ロレッタは、ジョニーと絶交状態にある弟ロニー(ニコラス・ケイジ)に結婚式に出席するよう頼みに行きます。世をすねた無愛想なロニーに驚くロレッタ。しかし、自らの不運を嘆くロニーをロレッタは慰めます。その途端、二人は電撃的に恋に落ち、ベッドを共にしてしまいます。窓の外にはBella Luna、美しい満月が。二人の恋は走り出します。やがてジョニーが帰って来て・・・。
 ロレッタの母親ローズに扮するオリンピア・デュカキスの名演も必見です。夫の浮気に寂しい思いをしているローズの「男が複数の女を追うのは、死ぬのが恐いからよ」という台詞。名言です。
(20世紀 フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン 
 http://www.foxjapan.com/dvd-video/ )


CD『THE MUSIC OF NATURE 月の音楽Tsuki』
(収録曲)
月の光(ドビュッシー)、荒れた寺にかかる月(ドビュッシー)、グノシエンヌ No.1(サティ)、夜のガスパール〜スカルボ(ラヴェル)、月の光がふりそそぐテラス(ドビュッシー)、浄夜〜アダージョ(シェーンベルク)、月光(ベートーヴェン)、ストリング・カルテット No.3-Beginning(M.ナイマン) 他
(演奏)
ロジェ(ピアノ)、アシュケナージ(ピアノ)、デュトワ指揮モントリオール響 他。
 クラシック音楽の中には、妖しい月の光をそのまま音にしたような幻想的な曲がいくつもあります。代表的なのが、岩井俊二監督の『リリィ・シュシュのすべて』でも印象的に使われていた、ドビュッシーの『月の光』です。印象派のドビュッシーの音楽はやわらかく美しくはかなげで、疲れた頭と心を心地よくクールダウンしてくれます。
 このCDにはドビュッシーの3曲の他、ベートーベンのピアノソナタ「月光」、ラヴェル、サティ、映画『ピアノレッスン』の音楽で有名なマイケル・ナイマンの曲などが収録されています。
 また、美しい月の写真と作家椎名誠さんのエッセイがジャケットに掲載されていますので、目と耳の両方でしっとりと楽しめる一枚です。
(ユニバーサルミュージックhttp://www.universal-music.co.jp/ )


本 『月のオデッセイ』
三枝克之 編・翻訳/(株)リトル・モア
 ビジュアルブック「宙の名前」などの企画・編集で知られる三枝克之さんが、世界各地の月にまつわるさまざまな神話や伝説をまとめたビジュアル・アンソロジー。月が見下ろす風景写真はどれも幻想的で美しく、その世界につい引き込まれてしまいます。それぞれのお話が短いので、夜、一話ずつ読んで眠りにつけば、ファンタジーのような夢が見られるかもしれません。



コミック 『月と博士』
坂田靖子 著 / 白泉社文庫
 『バジル氏の優雅な生活』などの著者坂田靖子さんの短編集です。坂田さんの作品には、イギリスの短編小説のように少々毒のあるユーモアと透明感があり、普段コミックを読まない大人の女性にも楽しめます。表題の『月と博士』は、月にとりつかれた博士が一晩で月を満ち欠けさせる装置を作るというお話。SF、ミステリー、ファンタジーに加え、コメディからシリアスストーリーまで、30作以上の短編が収められています。


けろひめ) 

writer's eyes
 8年前に経験した「お月見キャンプ」のはなし。
 9月末、場所は裏磐梯・小野川湖畔のキャンプ場。夕暮れ時、ふと湖を見ると、うっすらともやがかかっていました。幻想的な風景にうっとりしていると、湖面に跳ね上がる魚たちのぽちゃん、ぽちゃんという心地よい音が聞こえて来て、やがて湖の向こうの磐梯山からまあるい月が上って来ました。その日はちょうど満月だったのです。
 にぎやかにお月見を楽しんだ私たちでしたが、夜がふけても誰も寝ようとしません。そのうち誰からともなく湖に向かい、私たちは湖のまん中にオープンカヌーを漕ぎ出しました。何千億もの白銀の針のようにふり注ぐ月の光。満月の明るさを知ったのはあの時が初めてでした。みな言葉をなくし、もはやトランス状態。このまま眠れたらなんて素晴らしいだろうと思ったものです。
 頭の奥、心の底まで月に見抜かれているような感覚、かぐや姫のように天に引き上げられるような感覚は、不思議なものでした。「月光浴」、ぜひ一度経験してみて下さい。深いです・・・。
 ちなみに裏磐梯の檜原湖、小野川湖、秋元湖はお月見キャンプにはおすすめのポイントですよ。次の満月は10/21です。

参考文献、参考サイト:
『月の誘惑』(志賀 勝 著)
『月の魔力』(ア−ノルド・L・リーバー 著)
『月の癒し』(ヨハンナ・パウンガー&トーマス・ポッペ 著)
『ム−ン・ヒ−リング 月の癒しと幸運への扉』(秋月菜央 著)
『潮の満干と暮らしの歴史』(柳 哲雄 著)
『万葉集 上巻・下巻』(岩波文庫)
『月探査情報ステーション』 http://moon.nasda.go.jp/index.html



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