2003.9.24号




 スピードばかりが競われてきた、 右肩上がりの世の中が終焉を迎え、地に足をつけて生活しようとしている今、 イタリアに端を発する“スローフード”の動きが活発になっています。 活動の内容を知り、理解することはまた、日本の食文化を見直すきっかけになるはずです。 

スローフードって何?

 スローフード、スローライフなど、“スロー”という言葉がすっかりブームとして定着しています。もちろん、感覚的にはわかっていても、正確な意味となると・・・。まずは、本来の“スローフード”の成り立ちを紐解きましょう。
 日本で初めて公にスローフードという言葉が取り上げられたのは、おそらく5年ほど前のキューピーマヨネーズのTVコマーシャルではなかったかでしょうか。美しい映像とともに、とても魅力的に感じたのを覚えています。 その後じわじわと浸透し、この2〜3年で一般名詞としても市民権を得たようです。
 スローとはファストの反対、つまり、ファストフードの反意語ということなのでしょうか。それもあります。でも、この言葉にはもっと広く、深い意味が内包されているのです。
 発端は18年ほど前、イタリアのローマに某ファストフードレストランの1号店が誕生し、マスコミで批判されていた頃にさかのぼります。のちにスローフード協会の会長となるカルロ・ぺトリーニ氏が仲間と食卓を囲んでいたとき、ファストフードの脅威が話題となり、だれからともなく“スローフード”という言葉が叫ばれたとか。その後1986年に、ペトリーニ氏は、故郷、北イタリア、ピエモンテ州のブラという小さな村に「スローフード協会」を発足させることになり、スローフード運動に身を投じ始めました。掲げた理念は、消えつつある郷土料理や質のよい食品の生産者を守ること。そして同時に、正しい食のあり方を守るために健全な味覚を育てることです。
 具体的には各地を足で回り、農家や小規模生産者を支援するとともに、機関紙を発刊することで運動の輪を広げていきました。スローフード協会は、基本的には非営利団体ですから、会員が払う会費や、出版物の売り上げ、寄付などで運営されています。協会のシンボルマークは、まさにスローを地で行く、可愛らしいかたつむり。 会員のバッジや、出版物などさまざまなところに効果的にあしらわれています。
 発足当初、7,000人だった会員は、イタリア国内だけでなく、急速に海外へも広まっていきました。フランス、ドイツ、アメリカなどの欧米諸国をはじめ、北欧や東欧諸国、南米、また韓国や日本などのアジアにまで広がり、現在では世界50ヵ国、6万5千人の会員を持つ、一大組織となっています。
 また、実際の活動を担うひとつひとつの支部のことを「コンビビウム」といい、それぞれに会員を募り、個性豊かな活動を続けています。この名は、ラテン語の「共に生きる」という言葉からきています。これにはまた「共に食べる」、という意味もあります。コンビビウムの主な活動のひとつが、皆で試食、会食するといのもそのためです。個食ではなく、皆で一緒に食べることの自然さ、大切さを説いているのです。
 現在は、イタリア国内だけでも340ものコンビビウムが活動。日本には1996年に第一号が名古屋に発足しました。以来、現在まで15の支部が登録されています。日本にいながらスローフード協会の会員になるには、近隣のコンビビウムに申し込むのがいちばん簡単ですが、イタリアの本部に直接申し込むという方法もあります。
 以上が組織としてのスローフードの説明ですが、一般にスローフードが提唱されるときには、「忙しさにまぎれておろそかにしている食生活を、この辺でじっくり見つめ直そう」という意味で用いられることが多いでしょう。食事のあり方や、食材を考えることで、ひいては農業へ目を向け、地球規模での環境問題までをも、目を広げていこうというものです。


どんな食品がスローフードなのか

 では、具体的にはどんな食品がスローフードといえるのでしょうか。ペトリーニ会長は、以下のような定義をあげています。

1. その土地の産物であること。
2. クオリティの高い素材を使用していること。
3. 土地の風習に合った生産方法をとっていること。
4. その土地に活気を与え、郷土の社会性を高める食品であること。

 イタリアでもオリーブオイル、水牛のモッツァレッラ、生ハムなどあらゆるジャンルの食材が該当しますが、日本にも、農産物をはじめ、醤油、味噌、豆腐、日本酒、焼酎など、まわりを見渡せばいいものはいくらでもあります。

スローフード協会の運営と活動

 では、次に協会は実際にはどのような活動を行っているのかを見ていきましょう。

魅力的な出版物
 定期的に発行されているのは、世界中のスローフード情報が掲載されている「SLOW」、ワインを中心にお酒に関する記事が中心の「SLOW WINE」の2冊です。現在イタリア語、英語、フランス語、ドイツ語の4ヵ国語で発行され、それぞれ会員のもとに送られます。日本の会員には英語版が配布されています。
そしてもうひとつ、「オステリアガイド」はスローフード協会出版のベストセラー。イタリア全土で800店以上の庶民的なバールやレストランを網羅。フードの質、安全性、経済性という3つの観点から地元会員が1軒1軒チェックしているので安心です。特にスローフードの精神にのっとった店には、かたつむりマークが付されていてわかりやすい。旅行に出かける際には入手してみてはいかがですか。

スローフードアワードとサロネデルグスト
 そのほかの活動の主なものに「スローフードアワード」があります。2000年に設けられた賞で、全世界から集まった食品生産者の中で、農畜産業、食品関連において、生物多様性を守るために直接的、または環境保護の見地から多大な貢献を果 たした人々に贈られる賞のことです。 審査員も世界各国から集まった500人以上のジャーナリストや識者による混成チーム。毎年十数人に賞が贈られます。受賞者は、モロッコ、ギニア、チリ、韓国など世界各国にまたがっています。残念ながら、まだ日本からは受賞者が出ていません。これだけ各地の生産者ががんばっている今、近い将来、きっと輝かしい受賞者が出ることでしょう。
 それとは別に、2年に一度、世界中のスローフードの精神にのっとっていると思われる食品を一堂に集めた食の祭典、「サロネ・デル・グスト」を、ピエモンテ州の州都で開催されます。昨年は800以上のブースが出展。日本からも多数の参加がありました。

日本のスローフード

 日本にスローフード協会の支部が初めてできたのは、1996年のこと。長年イタリアの食材や文化に関わることで、協会の趣旨に賛同した研究家が開いたものです。また、2001年には、スローフードを積極的に取り上げ、取材してきた雑誌「ソトコト」が中心となり、ニッポン東京スローフード協会が発足しました。ほかにも名古屋、宮崎、宮城、など、各地でコンビビウムが発足しています。
 日本のコンビビウムも、昨今特に活動が活発のようです。地域によって詳細は異なりますが、心ある農家の現地見学、醤油や酒など食材の試食、また地方料理のレシピの募集、地元の小中学生の料理コンテスト、スローフードアワードの候補者の選出などそれぞれの地域に根差した活動を熱心に行っています。
 日本でのスローフードは奇しくも、いえ当然の結果というべきか、バブル崩壊後の不況時期に盛り上がりました。それは、生活のベースである食を見直し、生産者に敬意を払い、また伝統的な製法に目を向かせるきっかけとなりつつあります。バブルを経てイタリア食材がすみずみまで浸透した今だからこそ、よけいに訴求力が強いのかもしれません。もちろんこの運動が、村おこし的なものではなく、イタリア発のおしゃれな運動だったことも功を奏しました。きっかけはなんであれ、多くの人、若い人が興味を持ち、ふりかえるということが大切なのですから。モッツァレッラと豆腐が同じ土俵にのぼるということは、食のグローバリゼーションの中で郷土の食を見直すことになるはずです。ここに、今までの村おこし的な発想とは違った、新しさ、価値があるのではないでしょうか。


小松宏子) 

writer's eyes
 確か15年ほど前、知り合いの広告代理店の社員が、ローマ支社に転勤になりました。彼はときには長いランチが面倒で、ひとりでこっそりファストフードで食べることもあったとか。 すると、同僚たちから、ファストフード臭いといやがられたのだそうです。それほど、その当時はイタリア人にとって、ファストフードは異分子だったのでしょう。
 一方、EUヨーロッパの統合により、伝統のチーズ造りなども相当変わってきているようです。木のかごで熟成させていたのを、衛生面からプラスチックのかごに替えるなどがそれです。 製造過程そのものに違いはなくても、自然のままの風味を保つことは難しいのではないでしょうか。せっかくのスローフード運動も世界の経済的な動きの前では立ち行かない部分もあるのだと、改めて考えさせられます。それでもまずできる身近なことから、効率を優先しないスローな生活を始める。これこそが第一歩なのです。



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