2004.3.10号




 「これ以上、女性が名もないような病気で死ななくてもいいようにして」今から22年前、そう言い残して、米国のとある町で36年の生涯を閉じた女性がいました。二人の子どもを残して。乳がん−当時のアメリカではまだ「がん」という病気が何なのか、一般にはあまり知られていませんでした。がんの話題、ましてや自分ががんになったと人に言うことはなかばタブー視され、がんになってしまった人は、心にそのことを秘めたまま、ひっそりと死んでいった時代です。その後、冒頭の女性、スーザン・G・コーメンの妹ナンシーが姉の遺言を守り、乳がん撲滅のための団体「スーザン・G・コーメン財団」を発足。当初たった10名、資金200ドル程度だった草の根運動は、やがて大きく花開き、20年たった今では7万5千人のボランティアに支えられ、資金も実に6億ドル(600億円超)という財団に育っていったのです。 イメージ


欧米では8人に1人の発症率
90秒に1人が世界のどこかで亡くなっている

「スーザン・G・コーメン財団」の活動内容を紹介する前に、日本の、そして世界における乳がんの実態について触れましょう。
今、日本女性がかかるがんの中でも急激に増えているのが乳がん。25人〜30人に1人という発症率で、毎年3万5千人近くもの人がかかると推定されています。また、乳がんによる死亡率も年々増加し、厚生労働省の調査によると30歳から64歳までの女性のがん死亡の第一位、2001年に乳がんで亡くなった女性は約9600人で、ここ40年間で6倍にものぼっています。
世界レベルでみても乳がんの増加は深刻な状況です。欧米女性の発症率は8人に1人という高さ。世界の15歳〜64歳の女性のがん死亡率で乳がんは第一位を占め、年間約37万人が亡くなっています。これは、計算上90秒に1人が世界のどこかで乳がんで亡くなっていることになります。
しかし、ごく初期の段階、がんがまだ乳房の中にとどまり、他に転移していない段階なら、5年以上生存できる可能性は95%以上となっています。一方、乳がんが他の場所に転移してからでは、5年間生存できる率は40%以下になってしまうのです。
残念ながら、乳がんを予防する方法はありません。また、30歳以上で未婚、肥満などのいくつかの危険因子はあるものの、どんな人でもなる可能性がある病気です。加えて、乳がんは他のがんで多く見られるような食欲減退、体調不良などの初期症状がほとんどなく、乳房のちょっとしたしこりなどの変化に気付かなければどんどん進行してしまいます。だからこそ、乳がんから身を守るためにはまず自己検診、そして病院等での定期検診で、早期発見することが大切になるというわけです。


乳がんはここにできる!


乳がんは、母乳をつくって乳頭まで運ぶための組織である乳腺にできる。乳腺は外側上方に多いため、乳がんの発症率も乳房の内側より外側の方が高い。


乳がんの自己検診

<乳房を見てチェック>

鏡の前に立ち、腕を上下させたり後ろに組んだりして乳房の様子をチェック

<乳房を触ってチェック>

入浴時に石けんを泡立てて、親指以外の指の腹で「の」の字を描くように触る。調べる方の腕を上げて脇の下までチェック

自己検診表

しこりがないか
へこみなど皮膚の変化はないか
乳頭からの分泌物はないか
乳首がただれていないか
脇の下にしこりがないか

どれか一つでも気になったら専門的な検査を受けましょう。


「マンモグラフィ」検査で死亡率を下げた米国

米国では日本に比べて現在も発症率が高いものの、死亡率は1990年代から徐々に減少傾向にあります。一方、日本では1970年代から現在に至るまで死亡率は増加の一途をたどっています。死亡率の低下に成果をあげつつある米国とそうでない日本、この違いはどこにあるのでしょうか。
それは、2001年に厚生労働省より公表された日本のがん検診の評価が物語っています。
その内容は、乳がんをはじめ、胃、肺、大腸など各種の検診について、死亡率の減少に効果があったかどうかの検証結果の一つとして、現在ほとんどの自治体の検診で標準となっている乳がんの視触診単独検査は死亡率を下げる効果がないというもの。つまり、視触診検査は何も検査を受けないよりはがんを早期に発見することができるが、乳房の内部にできたがんを発見するのは難しいため、視触診でがんを見つけたときには残念ながら手遅れ、というケースも多い、ということなのです。
見たり触ったりでは発見しにくい乳房の内部にできたがんを発見するために、米国で広く導入されている検査方法、それが「マンモグラフィ」です。これは乳房専用のレントゲン撮影で、乳房を板の間にはさんでうすく伸ばした状態で撮影するため、少ない放射線量で奥の方の小さな病変まで映し出すことができます。マンモグラフィ検診の普及により、1990年代はじめごろから、このマンモグラフィ検診の受診率が米国では約70%にものぼり、逆に死亡率は減少に転じました。日本国内の研究でも、視触診のみでのがん判明率が6〜7割であるのに対し、マンモグラフィを併用すると9割に上がるという報告もあり、乳がんの早期発見に極めて有効であるといわれています。



マンモグラフィ検査は、撮影装置の前に立って、左右の乳房を片方ずつ台にのせ、乳房を圧迫板ではさんで撮影する。できるだけ乳房を平らに圧迫することで、乳房内部に隠れた腫瘍の影もはっきり写し出すことができる。


これだけ乳がんの早期発見に効果的なマンモグラフィなのに、日本では視触診とマンモグラフィの併用受診率がわずか2%。2000年に、50歳以上は原則として2年に1度の視触診とマンモグラフィを実施、という指針が出されているのにもかかわらず実態はさびしいものです。これは設備や検査できる技師の数が圧倒的に足りないこと、公機関のがん検診は各自治体に実施方法がゆだねられており、自治体によってばらつきがあること、そしてマンモグラフィの撮影技術や読影技術(撮影した結果を読み取る)の精度管理が米国に比べ遅れていたことなどが背景にあります。現在、日本乳癌検診学会等の医師が中心になって活動している「マンモグラフィ検診精度管理中央委員会」(http://www.mammography.jp)にて、管理運営が行なわれており、乳がん検診そのものの重要性とともに精度管理の重要性も行政レベルで認識されてきました。

国をも動かす市民団体の力、一人ひとりの関心が大きなうねりに

さて、マンモグラフィの普及だけではなく、乳がん検診そのものの受診率を上げ、乳がんへの関心を高めるために尽力しているのが、先に紹介した「スーザン・G・コーメン財団」をはじめとする市民団体です。
同財団ではさまざまなイベントの開催や教育、啓発活動を通して乳がん撲滅を訴えています。その一つが「コーメン・レース・フォー・キュア」というマラソンレース。第一回は1983年ダラスにて、たった800人の参加だったのが、2003年には全米118箇所およびイタリア、ドイツでも開催し、150万人を超える大規模なイベントに成長しました。
こうして大きくなった一般の人々の輪が力となり、同財団が企業や政府、自治体へ働きかける後押しとなり、国家予算の中から乳がん研究・調査に充てる予算をどんどん増やしている、という結果につながっています。
もうご存知の方も多いと思いますが、乳がん啓発運動のシンボルとして欧米で有名な「ピンクリボン」。日本でもNPO法人 乳房健康研究会などが中心となって、ピンクリボンバッジキャンペーンを行なっています。乳がんに対して一人ひとりが理解を深めていき、乳がんに無関心な人にも広く伝えること、一人ひとりの小さな動きが大きなうねりとなって環境を変えていくことが、今の日本にも必要なのかも知れません。

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■取材協力
■画像提供 /
NPO法人 乳房健康研究会
  国内の乳がんによる死亡率低下を願う4人の医師によって2000年春に発足した日本初の乳がん啓発団体。出版活動、セミナー、イベント等を通し、乳がんの早期発見のための環境づくりを推進している。
http://www.breastcare.jp

渡邉真由美) 

writer's eyes
  乳がん−自らすすんで手を挙げたものの、いざ文章を書こうとすると胸がずーんと痛くなるテーマです。
私ごとですが、今までに祖母、義母、実母をがんで亡くしています。みな60代の若さでした。主治医は手の限りを尽くしてくださいましたが、日本の国全体の動きや諸外国との差を知るにつけ、暗澹たる気持ちになってしまいます。そうした気持ちをこつこつと文章であらわすことは、そうたいした力にはならないとわかっていても、それでも痛みを抱えながら書き続けることでしょう。私自身、これ以上、身近でがんに苦しみながら逝く人をどうすることもできずに見送りたくはないのです。



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